015 地球の遺産の活用法
さて、明け方からは少し時間が経ったが、ちょうど日本では日の出ぐらいだろうと、マウンテンバイクに跨り日本に転移。
大学裏手のボロアパートから転移したから、同じようにボロアパートに戻る。やはり爺さんの遺書の通りに戻る場所は飛んだ場所になるのか。秘密にしている間は人が入ってこない場所での転移が必須だなぁ。一部の人に公開したとしても、事故を防ぐ為には閉鎖環境での転移を心掛けないとダメだな。
ボロアパートから爺さんの家まで、明け方の延々と続く登り坂をナノマシンアシスト自転車がグイグイ登っていく。というか、これはアシストの域を超えてる。足はほとんど添えるだけ状態だ。これは調整が必要だと思ったら、不意にアシストの範囲が減少してペダルが重くなった。んー、便利といえば便利だけど、使おうと思えば同じように使えてしまう訳だ。どちらにせよ、上りも下りも同じ時間しか掛からないというのは流石におかしい。
爺さん宅到着したら、ナナはカリカリを半分ぐらい残して不貞腐れて寝てる。最近、鶏の内臓ばかりだったから味気無いか。というか、贅沢だろ。鶏小屋に行って、卵を回収して餌を追加。資産管理会社というか、爺さんの盟友だった齋藤さんのお話が終わったら、即、向こうに飛べる様に畑の野菜を刈り取り準備しておく。
昼まで少し時間が空いたので、JAまで軽トラで走って、曽祖父から田畑を受け継いだのですが、出来ることなら自分でも少しやってみたいのですが、教えていただけないでしょうかと頭を下げに行ったつもりが、いきなり奥の部屋に拉致られた。しばらく待っていると畑仕事で黒く日焼けしたおじいさんが一人入ってきた。
「オメェか、里見の爺の曾孫は」
「あ、はい」
「ふーん……」と値踏みされている感じの時間が少し流れる。
「あの爺の作っていた物はわかっているから、今日中に一年間の流れは資料を作らせる。とりあえずは明日6:00に爺の田んぼ前に来い。ちょっと遅れているが何とかなるだろ」
「あ、はい……」
「よし、今日は帰って良し」
「はい……」
部屋を出て、何か勢いのある爺様だなぁと思ったら、「おおい、里見の爺の作物リスト出せ!」と大声が聞こえてきた。色々と命令出来る立場の力がある方なんだろうし、爺さんの知り合いなんだろうな、あの物言いは。そんな気分でJAを後にし、爺さん宅に帰宅。何かどっと疲れたが、飯を食わないと話合いの時に頭が働かない気がするので、なんやかんや作って、腹に入れていた所に回線業者の方が来て、工事が始まった。事前のメールでは一時間前後という事だったが、話をしてみると防災無線や崖や川の監視システムの為に家の前に光回線があるので、そんなには掛からないと思いますよと言う事だった。
で実際に20分ぐらいでノートパソコンとスマホが簡単に繋がって完全に終了した。いや、速いわ。紙に書いたtodoリストをテキストに起こしてまとめながら、役立ちそうな図面等々を集めてプリントアウトしていく。ファイリングしないと山になっていく。あーオフィス用の分厚いアレが必要だな。スマホが持っていけると良いんだが、電池瞬殺されて使えなくなってしまうのでは意味がない。
優先順位をつけてから作業すべきだったと気付いた時には、資産管理会社の方々が車で敷地に入ってきた時だった。
齋藤さん、聡子さんが挨拶している間に、確かあの若手といっても一つ年上の人は武田さんだったかな。一人で書類の入った箱を縁側に運んでいた。ご苦労さまです。
三人揃って仏壇に手を合わせてから、話合い開始。とは言っても、昨日粗方聡子さんからダダ漏れなので、齋藤さんの引退はこちらとしても残念ですと云うぐらいしか出来なかったが、一応顧問として名前は置いて貰えるそうだし、知恵を借りる事ぐらいは良いそうだ。
で、主担当が聡子さんでサブに武田さんという事になると。聡子さんは入社当初から齋藤さんの下でうちの案件に関わってきたのと、武田さんをサブポジションに置いたのは、長い付き合いになるからある程度歳の近い人間の方がやりやすいでしょうという齋藤さんからの鶴の一声で決まったそうだ。
で、本来なら俺がストレートで卒業するはずの来春ぐらいから話を動かそうとしていた大学裏手の再開発話。要は正門近くの三棟の大きな学生向けマンションで現状は回りますが、建て替えの時期が15年ぐらい後から連続してきますと。その為に大学裏手の再開発を行いたいのですが、何か意見がありますかと。
という事で、向こうで半日考えた事を話してみる。
無表情で聞き続ける齋藤さん、聡子さんにしてみれば昨晩ベロベロになるまで飲んだ翌日にここまでまとめてくる所に驚いている感じ、意外にも武田さんが所々にツッコミを入れてきた。
一通り説明した後に齋藤さんが
「君は街を作りたいのかな」
「確かにその規模になってしまうかも知れませんが、住居と学校や職場が近くて食べれる飲めれる場所が一箇所にまとまっていたら、何か違う事が起きないかな?と思いまして」
「それを私が担当するの?!」
「ええ、幾ら義信爺さんが残した物が多くてもこれだけの事は私一人では出来ませんから」
齋藤さんに向き直り、
「齋藤さんがうちの大学出身という話を聞きました。また、その頃に爺さんがあの辺りに学生寮を作ったとも。そして齋藤さんがその初期住民だったとも。義信爺さんがあの土地でやりたかったのは私には想像する事しか出来ないですが、あの土地で人を育てたかったんじゃなかったのかという事じゃないかと。その一部が、私の父親母親であり、大将や女将さんや聡子さんだと思うんです。だから、今の時流に合わせてそれをやるために一部は学生向けにして、人が入れ替わる街で常に新しい風が吹く街になればと……」
手で制された。
「いつこの話を聞いたかな」
「えーっと、昨晩聡子さんから……」
聡子さんが顔を背ける。齋藤さんが一瞬ギッと睨むがどこ吹く風。ため息一つ。
「まあ、その辺りはいいでしょう。理想的だと思いますよ。ただ今のままではタダの理想なんです。ですが、あの寮出身の人達を味方につければもしかしたら面白い事になりそうですね。それには義信様の日記を読みなさい。少々驚く事が書いてあるとは思いますが、概ね力になる事が書いてあると思いますよ。ちょっと長いですし、当初の予定は来春からでしたから、落ち着いて読んでください。わからない事があれはお応えしますよ」
微妙な沈黙が仏間を覆う。
「齋藤さんは義信爺さんの成り上がりの話を知っているんですか」
「戦後の闇米で儲けたとは聞いてますが」
いつもの無表情から少し皮肉っぽい笑みを浮かべているのがかなり怖い。これは日記読まないと答えてくれなそうだ。
「ああ、そうですか……日記読んで確認してみます」
「それが良いでしょう。書斎の棚に全部入っているはずですよ」
チラリと煙管盆に目をやる齋藤さん。何処まで知っているんだろうか。
「折角、こちらでもプレゼ資料を作ってきましたが、徹君の意見の方が魅力的ですね。敷地や権利関係の資料以外は持って帰りましょう」
「ボス、今の徹くんの主担当は私でっ痛」
聡子さんの脳天に齋藤さんのチョップが叩き込まれていた。
「事前に顧客様に情報流したバカが主担当なままは無いだろう?」
「いや……」
「それにこれだけ面白そうな案件、君等にやらせるのは勿体無い」
「でも、会社は引退じゃ……」
「顧問が前線指揮して行けないという就業規定はうちの会社にはありません」
武田さんはオロオロするばかりで聡子さんは天を仰ぐ。
「楽しくなりそうですね」
いつも無表情の人が皮肉タップリな微笑みを浮かべていると背筋が凍るわ……。
ドナドナ状態の聡子さんに油の切れたロボットの様にギクシャクと歩く武田さん。意気揚々と後部座席に座って待っている齋藤さんという面白い構図のまま市内の事務所に帰っていった。事故らなきゃいいけど。
場は荒れたけども、予想よりは早く終わったので、ホームセンターまで行き、異なる穴径全部のパンチングメタルを30cm角ぐらいで大きさで切ってもらい、爺さんや親父の工具箱探すの面倒くさいからノギスと温度計を買った。気温が測れる程度の温度計はアナログであるのだけど、もっと高温が測れる様なバイメタル式温度計が油で揚げる時に使うようなのしかない。ま、当分良いけど、土鍋やレンガを大量生産する時の制御とかわからんよなぁ。多分何か方法があると思うから、探せばいいか。
明日は6時にこちらの田んぼ集合で、今18:30だから五日間で戻らないとダメか。その間に読めるぐらいの爺さんの日記を紙袋一杯入れて、ナナを小脇に抱えてリュックサックには米と野菜を詰めて転移。