013 現実との接点
さて、マジで時間ギリギリになりそう。リュックサックにバーボンと古酒を詰めて、改造したマウンテンバイクに跨り、ナナを抱えて転移。
帰宅早々、ナナに明日の朝の分のカリカリになるかも知れないけどと断りを入れて、鶏の半身と別にカリカリを山盛りにしておく。鶏はもう寝てる。
スマホを確認すると、今日来るんだって!と待ち受けられてるメッセージが幾つか。あまりそういう話をする場所じゃないから、行くけどまた今度な。と返信するが、普通に別口で飲み来たと言いそうだなぁ。
時間を確認すると大将の店まで結構ギリギリ。改良したライトは抜群の光量で視界が良好なので、普段よりも速度が出せる。また、信号で停止したあとの加速のアシスト機能が結構楽で直ぐに最高速に近い速度に達するので、かなり楽。そのまま帰宅渋滞の反対方向を駆け降りる。
軽トラで一時間の所が、45分で到着した。速すぎる。予想以上の性能だけど、どの位エネルギーを消費したのかさっぱりわからんからどうなんだろうか。
バイト用の駐輪スペースに入れて、のれんを潜る。水曜というのもあってか、多少の空席はあるが、いつもの店の雰囲気だ。ラストオーダー間近のちょっとした空白時間。が、聡子さんとの待ち合わせとはあと15分あるというのに既にカウンターでベロンベロンに出来上がっているとはこれは一体どういう事なんだろうか。
大将に目配せしたら、その隣座れ的なアイコンタクト。あー俺が呼び出したのが悪いんですか。女将さんに古酒とバーボンを渡して、聡子さんの隣に腰を据えて生ビールを頼んで、一服。
タバコの香りで気が付いた様で、
「あ、徹くん。おねーさんは心配だったんだからね。だから……」
「いや、それでもお客さんの話をしちゃダメでしょ」
「でも、徹くんは、義信さんの曾孫というよりも、ここのバイトの子だから、訊かれたら応えちゃうよ」
生ビールのジョッキが届く。
「ハイハイ、心配掛けました。という事でカンパイ」
とグラスを軽くあわせる。何故か女将さんもジョッキ持ってきたので、カンパイした。
「あ、今月の天ぷら盛り合わせお願いします」
と、オーダーして一度追い返すが、俺の代わりにバイト連発になってる仲間の貴と目が合い、「俺の分は無いのかよ」な視線を浴びせてきたので、指を指して「どうぞどうぞ」とすすめる。
「で、聡子さん。明日の話って、一体何?」
「あー、あれ。義信さんの担当はうちのボスだったけど、義信さんの案件しかやってなかった名誉職っぽかったから、これを期に一線退いて、この私が主担当になるという事と……」
「えっ?爺さんの遺書には困ったことがあれば、齋藤さんに頼めってあったけど……」
「むー、この私が主担当で何が困るの?」
「サクッと情報漏らしてるじゃん」
「いや、まだ交代してないからノーカウントで」
「いや、そういう問題じゃ……」
「それと、今、借りてる大学裏の一帯のね、再開発するか処分するかという話があってね」
「何それ、初めて聞いたわ」
「初めて言ったし。ホントは徹くんが卒業するまで待ってからという話だったんだけど、意外に立ち退きが早かったのと、徹くん学校辞めそうという話が両方で、これを機会にハッキリしようと」
んーと思い悩んでいるとビールが無くなるのが早い。もう一杯。
「徹くんが再開発するならどういうふうにしたい?」
ビールと天ぷらが一緒に届いて、女将さんと聡子さんに挟まれる。いや、女将さんまだ仕事とか言いそうになったけど、言わせてもらえる雰囲気じゃない。
「金のないダメ学生と街の人が混じり合うアーケード街とか」
「んー、単なる学生向けマンションよりは面白いけど、それで儲かるの?」
「他の物件で十分でしょ。現時点で既に22歳には多すぎでしょ」
「徹は欲が無いねぇ。徹が産まれた辺りから義信さんの欲が無くなって、うちらもこうやって店が持てた訳だけど、枯れるには早くないかい?」
と女将さん。ちょっと怒っている雰囲気が滲んでいるが、爺さんの手前、抑えていますよというプレッシャーが強い。
あー天ぷら美味いと逃避しながら、ビールを呷る。
「聡子ちゃんもうちのも、徹のお父さんと同級生でしょ。子供と同じよ」
「えっ、何それ初めて聞いたわ」
「俺と仁とその行き遅れの酔っ払いは小学生から大学まで一緒だった」
「おいコラ、このハゲ」
「何だ、行かず後家。若いツバメが恋しいか」
ガシッと俺の左腕を掴み号泣する聡子さんに 、ガタッと立ち上がりカウンターの中で大将の脛を蹴る女将さんと目を見合わせる俺と貴。ここのバイトした人間は知っているミスった時の女将さんの下駄で脛蹴り。マジ痛いんだよな……。
何事もなかった様に他のお客さんが帰って、大将が話合いの為の賄いのようなツマミの様な物を拵えて、座敷に移って、本題の話合い。聡子さんは左腕を掴んだまま泣きながら寝てるけど、貴と持ち上げながら座敷に移して離れるのを待つ。
大将が俺の持ってきた古酒の味、バーボンの味を確かめながら、問い掛ける。
「徹よ。義信爺はなんだかんだで秘密の多い人だった。その一つがこの酒だ。お前はその一つを掴んだという事だな」
鋭い。
「秘密に指が掛かった程度ですよ」
と、ボカす程度に。
「ふん、まあ、そういう事にしておこう。それよりもお前、大学はどうするんだ。他人事だけども、幼馴染の息子で店のバイトだ。多少は訊いてもいいだろ。あと、うちのバイトもどうするんだ」
あー、やっぱりそう来るか。
「大学は辞めようかと思います。確かに専門課程は楽しいけども、親父達の事故後のショックでどうにもならなかったのもありますが、今は爺さんの遣り残した事とそれで出来る事が楽しいんですよ。バイトは許されるなら週一でも入りたいです。山奥に篭りっぱなしになるのはあまりよくないと思いますし」
「徹なら週一でも入ってくれるなら嬉しいねぇ。でも、大学はホントにそれでいいのかい?」
「幸い、食うのには困らないには十分な物を残してもらっているんで、もう就職する為に勉強したりゼミの為にあくせくしたくないです」
「どうせ、明日、この行かず後家から聞いたけど齋藤さん達と色々と話すんだろ。義信爺の事を一番よく知っているはずの人だから聞いてみるがいいさ」
「はい、そうします」
後は聡子さんが起きるまでただ親父と大将、女将さん、聡子さんのエピソードを聞いてる飲み会だった。女将さんが一つ上の先輩で親父と大将が両方アプローチしていたとか聡子さんは親父にアプローチしていたけど、完全に無視されていたとか。母親がその一つ下で五人でよくつるんで遊んでいたとか。
それで、昔は大学の裏手に大きな学生寮がいくつもあって、全部義信爺の物で格安で入居出来たんだよなとか。あの寮出身の奴らは未だにこの地方にいる面子多いぞ。それこそ齋藤さんが最初期世代だったんじゃないかと。
一時過ぎに聡子さんが起きたので、お開きになった。
俺はまだ解約していない大学裏手のアパートにマウンテンバイクを押して帰って、マウンテンバイクごと部屋の中で転移。
ただ寝るだけなら圧倒的にこちらで寝た方がいい。
寝起きに風呂に入り、あ、今戻っても深夜だから、こちらで時間を潰そうと。
誘蛾灯はシリコンカーバイトのフレームにカーボンナノチューブを2mmピッチで巻き付けるというだけのシンプルな構造で、真ん中に青白く光るイメージを焼き付けた結晶を一つ吊り下げただけの代物。それを滝壺の高さ2mほどの真ん中に吊り下げた。あと蟻の巣の穴跡の池の高さ1mに吊り下げた。
水面ギリギリにしたら飛びかかった魚がカーボンナノチューブで切り裂かれて沈んでいくという事態が発生したので、余裕を持った高さになった。
今更ながらこの結晶がナノマシンで構成されているという事だけど、どんな性質を持っているのかよくわからずに使っているなぁと思い出して、シリコンカーバイトの台とハンマーで叩いてみる。
小さな結晶を軽く叩く。光った?次はちょっと強く叩いてみる。強烈なフラッシュを焚いたかの様な光を発した後、煌々と光ったあと緩やかに光が消えてゆき、いつもの薄く光る結晶に戻った。
もしかして打撃の衝撃エネルギーを吸収して、仕切れない部分が単純な光として放出されたという事かな。
《ナノマシンは様々なエネルギーを吸収します。その集合体でも同様です》
これ、砕いたり加工は出来ないのかな。
《ナノマシンによる加工は受け付けませんが、物理的に破壊する事は可能と思われる硬度しかありません。が、受けたエネルギーを吸収し、余剰分を放出する性質があるので、破壊された事例はまだ観察されておりません》
強力な緩衝材として使えるんじゃないかと思ったけど、加工が難しいとなると、そう簡単にはいかないか。