この世界で、たった一人だけ 前編
竜駕、牙狼に続き雪風にも告白されてしまった彩月。
そんな中、残りの一人である希にも変化が・・・?
鍋の中、スープがぐつぐつと音を立てる。
おたまで一口すすりながら、味を確かめてみる。
「これでよしっと……」
一人でそうつぶやきながら、私はコンロの火を消して棚の中の皿を持ってきた。
季節の移り変わりはあっという間。だんだんと寒さが厳しくなってきました。
今年の冬は特に寒いらしいみたいで、学校に行くのも一苦労です。
とりあえず温かいものとして味噌汁を作ってみたけど、あんまり自信ないなあ。
「おはよう、彩月ちゃん。寒いのに、朝早くからごめんね」
聞きなれた声がして、ぱっと振り返る。
そこには優しげな微笑むを浮かべていた、竜駕君だった。
「竜駕君、おはようございます」
「味噌汁作ったんだ? おいしそうだね」
「あ、ありがとうございます。でもうまくできたか、分かんなくて……」
「大丈夫。彩月ちゃんの作る料理は、何だっておいしいから」
竜駕君はいつも私を優しく褒めてくれる。
それが何だか妙に照れくさくて、何も言えなくなる。
彼はご飯が炊けていることを確認すると、みんなの部屋を一つずつ開けて行って大きな声で呼びかけた。
「みんな~そろそろ起きて~? ごはん、できてるよ~?」
「うぅん……あと五分ねぇ~……」
「休みの日くらいゆっくりさせろよ……寝たりねぇんだよぉ」
「お人形さん、モフモフなのです……むにゃむにゃ」
相変わらずと言っていいほど、三人は朝が弱い。
珍しいことがない限り、自分から起きようとしない。
ましてや冬で寒くなってるから、暖かい布団からでたくないのだろう。
私もよくそのせいで寝坊しちゃって、竜駕君に迷惑かけちゃうけど。
そのことが分かっていたかのように竜駕君はため息をつくと、みんなの部屋のベッドを思いっきり引っ張って……
「さっっっっっっむ! てめぇ、竜駕! 何してんだ!」
「そうだそうだ! 布団返してよ、ロンちゃん! 凍え死んたりしたらどうすんの!?」
「さ、さむいです……ぶるぶる」
「どう? 目が覚めた?」
そういう竜駕君の顔は、相変わらずにこにこしていた。
彼のその笑顔がいつもとは違うことが私にもわかったように、三人はすっくと起き上がった。
「うん! おかげで目が覚めましたっ!」
「起こすのはいいけどこのやり方やめろよぉ……靴下と上着はっと……」
「おはようございます、湊さん」
「お、おはようございます。みなさん」
それぞれが、上着やらを取りに動き出す。
その様子を竜駕君は、にこにこしながら見つめる。
本当、仲がいいんだなあ。四人とも。
竜駕君がみんなのお母さん、って感じなのかな。
「おっ、今日は味噌汁付き? ザ・日本って感じだね!」
「皆さんのお口に合うかはわかりませんが……」
「な~にいってんの! メイちゃんの料理はすんごいうまいんだから、自信持ってよ! ん、おいしっ♪」
牙狼さんが、笑顔を浮かべながら味噌汁を一口飲む。
そんな様子を見ながら、私は不意に笑みがこぼれた。
こうしてみんなと食事できるのが、最近じゃ当たり前だ。
カルテットスターに会う前は、こんなことがあるなんて思いもしなかったのに。
運命って、分かんないもんだな。今の時間が、ずっと続けばいいのに。
「そういえばさ、今日雪降るんでしょ? りかちゃんが言ってた」
「誰だよ、りかちゃんって。また女増えたのかよ」
「しかも今回は積もる予報が出てるんだって! 今回こそ! 念願の雪遊びができるチャンス! だよね、ロンちゃん?!」
「予報だから断定はできないけどね。でも、雪の中で外に行くのは風邪ひくよ?」
「え~~~~い~き~た~い~!」
牙狼さんが、まるで駄々っ子のように竜駕君の体を揺さぶる。
それを竜駕君は、はいはいと言いながら苦笑いして彼を抑えている。
逆に、雪風君は迷惑そうな顔を浮かべたままだった。
「雪が積もるとか、ふざけんじゃねぇ。ぜってー外でないようにしてやる!」
「ユッキーってば引きこもり宣言? 雪風って名前なんだから、雪のこと好きになんないと! 子供は風の子っていうし?」
「知らねぇよ、そんなもん! 俺は寒いのは苦手なんだ!」
言われてみれば、この中で一番厚着をしているように見える。
こんな寒いというのに秋の服とあまり変わっていないのは、牙狼さんだけだ。
オオカミは冬国生まれっていうこともあって、寒いのは平気なのかな。
「牙狼。雪が降るというのは、本当ですか?」
「本当だよ~今日の夜くらいにって」
「雪遊びしたいですっ。僕、ユキだるま作りたいですっ」
「よっしゃ! じゃあ積もったら、オレと外であそぼーぜ!」
「らじゃーなのですっ」
希君は雪が降るのがそんなにうれしいのか、ピョンピョン跳ね回っている。
明日が待ちきれないです、と竜駕君達に言って回る。
そんな彼を、私も笑みを浮かべながら見ていた。
「あ、大切なことを忘れていました」
何かを思い出したかのように、ぴたりと動きを止める。
その場でくるりんと回ると、希君と私の目線があった。
「湊さん。今日お暇ですか?」
「え?」
「お暇ですか?」
「は、はい……特に予定はないですけど……?」
「では僕とデートしてくれませんか?」
へっ!?
「の、希!? お前、何言ってんだ!?」
「そうだよ、ノンちゃん! メイちゃんとデートなんて……お父さん、許しませんよ!?」
「僕、湊さんとおでかけしたいんです。いいですよね、竜駕」
私の戸惑いには構わず、彼は竜駕君の方へと行く。
竜駕君は少しだけ、困ったように笑って見せた。
「うーん、今日は寒いし風邪ひくといけないから、できれば家の中がいいけど……どうしても、いきたいの?」
「はいっ」
「なんでだよぉ、ノンちゃぁん。メイちゃんとなら、家でも遊べるじゃぁん」
「では牙狼が七夕でお出かけにいったあれはデートに入らないのですか?」
……え?
「竜駕とユキも同じです。みんな湊さんとデート行ってるのに、僕だけ行ってないです。ずるいです、ぬけがけです」
「なっ! ちがっ……! あれはデートなんかじゃ……!」
「僕は湊さんと二人でどこか行きたいんです。ダメ、ですか?」
希君が、うるんだ眼をこちらに向けている。
心配そうに見つめる竜駕君や、恨みがましいように声を飲んでいる二人の姿が見える。
デートって言えるようなものはしていないつもりだ。
だけど他の人からは、そう見えてしまっても仕方ない。
事実、三人から告白されたし……
「お出かけくらいなら、いいですよ?」
「本当ですかっ」
「い、いいの? 彩月ちゃん」
「はい。希君とも話がしたいと思っていたので。お願いできますか?」
「むむむ……メイちゃんがそこまで言うなら、今回は我慢してあげる!」
「希、湊に迷惑かけるようなことすんじゃねぇぞ」
「よろしくね、彩月ちゃん」
はい、と笑顔でうなずいて見せる。
希君もなんとも嬉しそうに、くるくる回っていた。
それが何だかうれしくて、見ていてほほえましく感じられた。
(つづく・・・)
次回は27日に更新します!




