始まりは突然に
何か物音がするー
何の音かよくわかないものに起こされ、私は目を覚ました。
「……ん……」
視界が開け、明るい光が私の目を刺激する。
重い瞼をこすりながら、ゆっくりと体を起こす。
(ここは……?)
さっきまでの眠気が嘘だったかのように一気に吹っ飛んだ、
今自分が寝ているこのソファー、部屋の構造。どこをどう見ても、私の見覚えのない場所だ。
いかにもお金持ちの人が住んでそうな豪華なシャンデリアに、電気屋でしか見たことのない大きいテレビ。
このソファーだって、何かの動物の毛皮でできているようでふわふわだった。
(私、どうしたんだっけ?)
この状況になった理由を、とりあえず冷静に整理してみる。
確か今日は部活動オリエンテーションがあったはずだ。
新入生のために、部活を紹介するっていう生徒会企画の日だったはず。
先生や友達に推薦されて、部活動紹介の司会進行を任されたんだっけ。
それで司会して、ちゃんと計画通り進んで。
それから……
「ただい……! なんで、女がここにいやがる……」
必死に思い出そうとしていると、一つのドアがガチャリとあく。
そこから顔を出したのは、黒髪の少年だった。
女性なら誰でもうらやましがるような白肌で、シュッとした端正な顔立ち。
まるで炎を思わせるような、赤い瞳で私を睨むように見つめている。
あれ……? この人、どこかで……
「おい、お前。誰の許可を得てここに入った? 人んちにのこのこ入り込んでソファーに陣取るとは何様だ」
言い方からすると、どうやらここはこの人の家のようだ。
状況があまり把握できていない私だったが、人の家に入り込んでいるのは紛れもない事実。
慌ててソファーから立ち上がり、パッと姿勢をただした。
「ご、ごめんなさい! 気が付いたらここにいて……勝手に入ったのは謝ります! でも私、よくわからなくて……」
「みえみえの嘘ついてんじゃねぇよ。そう言って転がり込もうとする輩は山ほどいるんだ。正直に言え、ここにどうやって入った?」
そりゃ、普通そうだよなあ。
信じてもらえるとは思ってなかった。
私だってこの状況がわからないし、この人にとっても私がいること自体ありえないはず。
どうしようかと迷っていると、またドアが開いた。
「ただいま戻りました、ユキ。その人は、お客さんですか?」
さっきの少年とは正反対の、優しい声色の少年だ。
子供がそのまま大きくなったような顔で、赤髪まじりのパーマヘアが不思議そうに揺れる。
この人もなんか見たことあるな。制服着てるってことは学生だよね。
確かこの制服は……
「客なわけないだろ。勝手に転がり込んでたんだ」
「侵入者、ですか? 色々な人がついてきたりしたことはありましたが、ここまで来たのは初めてですね」
「こんなのが俺達のファンなわけないだろ。ファンといえどルールはちゃんと守るのがてっそ……」
「あああああああ!」
思わず出てしまった声に、はっと口をふさぐ。
まさか、まさかと思うほど顔がほころんでしまう。
黒髪の少年が怪訝そうに見つめている中、私はおそるおそる聞いた。
「その制服……相座高校……ですよね?」
「はい。僕達は相座高校一年ですが?」
「やっぱり! そんなとこに通ってるなんて、すごいです! カルテットスターにも会えたりするんですか?」
相座高校、とは世間で知らない人はいないというほど有名な高校だ。
頭がいい人はもちろん、お金持ちの人しか通えない超優秀校。
さらに近年ではカルテットスターという、美男四人組で成り立つ生徒会のような組織が誕生したと聞いている。
その四人組のうわさは果てしなく、他校の女子生徒でもファンクラブに入っているほど。
私もサイトで写真を見たりするんだけど、今年はまだ見てないなあ。
誰になったんだろう。家に帰ったら見てみよっと!
「……お前、カルテットスター知ってるのか」
「はい。友達に勧められて、サイトを見て知ったんです。もっとも私なんかが受かるわけなく、見てるだけなんですけど」
えへへと笑う私に、二人の少年は怪訝そうに顔をしかめる。
彼らが何か言おうとした、ちょうどその時だった。
「たっだいま~♪ ねぇねぇ見てよユッキー、のんちゃん! さっき道端で百円拾っちゃった! すごくね、すごくね?」
「そういうのは警察にもっていかないとダメだよ、牙狼。あれ? そこにいる女の子は……?」
部屋に入ってきた人達に衝撃を受け、私は声が出なくなる。
この相座高校の制服、つけている腕章。
そして黒髪の眼鏡の少年に、銀髪のピアス少年……
「あ、あの、もしかして……夜刀竜駕さんと、四宮牙狼さんですか?」
「え? ああ、そうだけど。知ってるんだ、僕達のこと」
「知ってるも何も有名人じゃないですか! 去年のカルテットスターですよね!?」
私が言うと、まあねと言いながら苦笑いを浮かべる。
困ったように笑う顔は、いかにも本物だった。
まさか本物のカルテットスターに会えるなんて!
しかも二人いっぺんに! 私、夢を見てるの?
「オレ達のことを知ってくれてるとは感激~♪ 君かわいいね~気に入っちゃった♪ んで? この子どっから拾ってきたの? ユッキーにしてはいいセンスしてんじゃん☆」
「ちげぇよ、帰ってきたらこの女がいたんだ。自分も意味分からないとか嘘つきやがって、やっぱり竜駕達ねらいじゃねぇか」
さっきの黒い髪の子が、ため息交じりでいう。
まだ私のこと、信じてもらえてない。
早く思い出さなきゃ、なんでこうなったのかを。
理由を話せば、きっと分かってくれるはずだし!
「ねぇ君、名前は?」
「えっ、えっと、湊彩月です。南条高校二年です」
「彩月ちゃんだね。どうやってここに入って来れたの? ここは僕達カルテットスターしか入れないようになってるんだけど……」
カルテットスターしか入れない部屋!? そんなとこにいるの私!?
ってことはちょっと待って、この二人……
「もしかしてそちらのお二人もカルテットスターの方、ですか?」
「あ、そっか。まだ入学式迎えたばっかりだもんね。うん、そうだよ」
す、すごい! 今年のカルテットスター全員に出会っちゃった!
「僕と牙狼は知ってたよね。この二人は一年で、今年からカルテットスターに任命されたんだ。おとなしいほうが菱田希で、気が強いほうが黒井雪風」
希と紹介された赤髪のパーマっ子は、浅く会釈する。
さっきから怪しむような視線を向けている雪風とかいう少年は、私から目線をそらした。
どうりで、すごくかっこいいと思ったわけだ。
どこかのサイトで彼らの顔を見かけたからかな、見たことあると思ったの。
だけどそれが分かったとして、ピンチなままなのは変わりないし……
そういえば、帰る途中に何かあったような気がする。
なんだかよく分からない女性から、声をかけられて……
だめだ、うまく思い出せない。
「ちょっと記憶が混乱しちゃってるみたいだね。焦らなくても大丈夫だよ、追い出したりなんてしないから」
優しい夜刀さんの声に、私は顔を上げた。
彼はにっこり笑みを浮かべ、私に言った。
「よく状況が分からないのはお互い様。せっかくだからゆっくりして行ってよ」
噂通りの人だ、私はそう思った。
彼のことは去年のサイトを見て知っていたが、こんなにも人がいいとは思っていなかった。
でもさすがにそれは悪いなあと思っていると、一年生の二人が反論の意見を述べた。
「おいちょっと待てよ、竜駕。いくらなんでもそれはないだろ」
「そうです。ここは僕達以外知られてはいけません」
「それもそうだけど、ほっとくわけにはいかないよ」
「ユッキーもノンちゃんも固く考えすぎだよ~♪ 女の子には優しくしないとね☆」
「お前には聞いてねぇよ」
「何ならオレにいい考えがあるよ☆ ねぇメイちゃん」
め、めいちゃん?
「サツキっていえば五月でしょ? 英語でMAYだからメイちゃん、ぴったりじゃん♪」
なんとなく分かりはするが、普通に呼ばないのはなんでだろう……。
こっちも噂通りみたいだ。お気楽ものの女の子大好き少年……
「さっきロンが言ったみたいに、本来ここはばれちゃいけない禁断の場所なわけ。そこまでは分かるよね?」
「あ、はい。カルテットスターの部屋だって知ったら、ファンが殺到するからですよね?」
「そゆこと♪ でも君はそこに入っちゃった。今はネットやSNSで情報なんてあっという間に知られちゃう。そ・こ・で! 今日からここに住んでもらうことにしちゃうよ♪」
!!!???
「おい牙狼! てめぇ、何言ってんだ!」
「何って監視するんだよ! オレ達でメイちゃんを監視すんの♪ ここのことを言いふらさないように♪
んで、同棲する♪ いい考えじゃない?」
「監視するのはいいのですが、わざわざ同棲しなくても……」
「ノンちゃんの言う通り。第一、彩月ちゃんがかわいそうだよ」
四宮さんの提案に、三人が次々と反対する。
同棲ということは私、カルテットスターと住むってこと!?
ファンとしてはうれしいんだけど、監視されるのはちょっとなあ……
しかもこんな有名人と一緒に住むなんて、無理に決まってる!
「みんな、少しは冷静に考えてみてよ。この部屋はそもそもそういう決まりで作ってもらったじゃん。どうやってここに入ったのかはまだ分かんない。けど、その決まりを守るのがオレ達の義務みたいなもんでしょ?」
「牙狼……」
「ま、オレにとっちゃ女の子と住めればなんでもいいんだけどね♪」
ニヒヒと笑う四宮さんの顔は、嘘偽りなく純粋なものだった。
彼の言葉が届いたのか、希君は何も言わなくなり雪風君はため息をつく。
どうすればいいか迷っていると、夜刀さんが私に声をかけた。
「彩月ちゃん、大丈夫? 牙狼、言い出したら聞かなくて」
「あ、私は全然……少し緊張しますが……」
「じゃあ決まりってことでいいね。我慢できなくなったらいつでも僕に言って。相談に乗るから。これからもよろしくね」
ほんわかとした彼の笑みに、私ははいっと返事をした……
(続く‥‥‥‥)
「ねえ、運命って言葉信じる?」
彼の言葉が、しんとした室内に響き渡る。
ゆっくりとお茶を飲んでいた一人の少年が、眉間にしわを寄せた。
「いきなりなんだよ、竜駕。変なもんでも食ったか?」
「珍しいですね。竜駕が、そんなこと言い出すなんて」
「ああ、ごめんごめん。そういう本読んでたから、なんとなく」
竜駕と呼ばれた少年が、優しく笑ってみせる。
回転イスでくるくる回りながら、別の少年が答えた。
「ロンもたまにはいいこと言うじゃん! 運命ってもんは、すばらしいもんだよ~♪ こうしてオレ達も出会えてるわけだし?」
「気持ち悪いこと言ってんじゃねぇよ」
「運命の赤い糸、的なことですか?」
「希、お前までこいつらに乗らなくていいから」
黒髪の少年がそういうのを、希と呼ばれたパーマがかった赤髪の少年が不思議そうに首をかしげた。
「ちなみにだけど、ロンは信じるの? 運命ってやつ」
「僕? うーん……どうだろ、よく分かんない」
「分かんないのに聞くか、普通」
「でも運命ってものがあるから、僕達がここにいるんじゃないかな。みんなと出会えたのも、こうしてここにいるのも」
そう言いながら、竜駕は読んでいた本を閉じ天井を見上げたー