第六話:最強の妹
近くのコンビニで、駅はどこですか、なんて田舎者の如く聞いた俺は、何とか駅まで辿り着いた。帰りの電車の中でホッとしながら、やっぱり心のどこかで複雑な気持ちが蠢いていた。
俺は第3者なんだ。
なのに、どうしてこんなにもリアルに感情が動くのだろう?
あの日、二人の話を盗み聞きしてしまったあの瞬間から、俺は神様と同じように正体の分からない罪悪感につきまとわれていた。
もし加賀真と神様が話し合う事があったとしたら、それが実現したのなら、俺はこの感覚から開放されるのだろうか。そんな事をうっつらと考えていた。
そして、さっきのビデオを思い出す。ああ、皇に聞けば良かった。皇に、加賀真だと思われるあのローディーの事を、もっと良く聞いておけば良かった。明日、聞こう。神様はきっと、自分のバンドの事でいっぱいいっぱいだから…だからせめて俺が情報収集するしか無い。そして、真実を知りたい。
家に着くと、何故か俺はぐったりとしてしまった。ベットへと雪崩込み疲れた体を放り出す。布団が、どうしたんだい、癒してあげるよ、って語りかけてくる。あんがとよ、なんて俺は答える。
コンコン。
俺は布団とのコミュニケーションを一時中断して、
「はーい」
と適当な返事をする。そして、
「……何か用か?」
ドアを開けて入ってきた人物にそう聞いた。
そこに立っていたのは我が家のトラブルメーカー、結榎だ。
我が妹ながらコイツは凄まじい女だと思う。
何故ってもう、口は悪いわ、行儀は悪いわ、兄を兄とも思っていない。こいつは意見がぱっきりしていて、俺とは正反対の人間なのである。
現在高校2年生で、本当ならば渋谷なんかにたむろっているギャルになりそうなものだが、何故だかこいつは違った。その点に関しては俺はこいつを誇りに思う。
俺の影響なのだか、何故かロックにはまり込み、渋谷どころか、原宿、下北沢、横浜、池袋、高田馬場、新宿、挙げ句の果てには熊谷、浦和、前橋なんかまで足を運んでいる。
その夜遊びのせいか学校は休みがち、遅刻常習犯、爆睡魔になっているらしい。何度も親が呼び出され、その都度すみません、だなんて謝っている。その割に成績は良いので、何とか保っている。
しかし最近またトラブルを起こしやがった。
今度はショートの金髪にして、それをさらにツンツンに立ててしまったからもう大変。また親がぺこぺこしに行ったが、本人は全然へっちゃらで、しばらくコレやるぜ、なんて言っている。本当、俺はこいつに何度泣かされたか分からない。
「快ちゃんさあ」
「こらああっ!兄を名前で呼ぶなと言っただろうがああっ!」
俺は、ぶちっ、ときてそう言ってやった。
が、奴は耳をほじりながら、
「うっせえなあ。いーじゃねーかよ。てめーの名前呼んでやってんだからよ」
なんて云いやがった。
なんか俺はもう泣けてきてしまった。
「ってかさー、快ちゃんってあれ?トールさんとダチっていうの、マジ?」
「はあ?」
ちょっと考えてから、俺はトール=亨=神様という事を思い出した。
なあんだ、そういう事か、と思いながらも、何でこいつが知ってるんだ、と疑問も浮かんでくる。
「はあ…まあ。高校の時から友達だけど?」
俺がそう云うと、結榎の顔は段々明るくなり、最後には奇声を上げ始めた。
「すげーっ!やべえよ、マジ!ねねねっ、サイン貰ってよっ!あと写真!っつーか、ライブ安くなんねーの?」
おいおいおいおい、俺は利用されてるだけかいっ!
「知らないよ、んな事。自分でちゃんとチケット取れよ」
「はあ?つかえねーなあ。ったくよ」
何だ兄に向かってその口の聞き方は!と云おうと思ったが、もうかれこれ10年程そんな事を云い続けて来たにも関わらず直らないので、今更どうでもいいやという気になってやめた。
それより神様はそんなに有名なんだろうか?
確かに結榎はかなりマニアックなファンなので、色々とバンドを知ってはいる。友達のバンドもそこそこいるようだ。でも、俺はそんなに有名だという話は聞いた事が無かった。まあ実のところ、神様のライブもあまり見に行った事が無かったのだが。
「亨ってさ、そんなに人気なの?」
俺がそう聞いてみると、奴は、ばーか、などと云いながら、力説し始める。
「トールさんだろ?トールさんのいるPURELESSっつったら、R/PARKじゃもう人気も人気だぜ?っつーか一部のファンだけどー。でもま、まだそんな有名じゃないんだけどさ、こっちとしては目ぇ付けてたわけよ。だいたいのバンドとはけっこう仲良くできんだけどさあ、PURELESSだけ何かダメなんだよな。でもトールさんマジ格好良いじゃん?けっこートールさん目当てみてーなの超いるんだ。おめーら、今更おせーよって感じでウザくてさあ」
「へえ……」
お前の喋り方の方がウゼーよ、などと思いながらも小心者の俺にはその一言が云えず、ただ納得だけをしておいた。
「じゃあ何?もしかしたら亨って、お前の事知ってるかもな」
「うーん。かもな」
俺はちょっと不思議な感じがした。自分の友達と妹が、自分を介さずに知り合いかもしれないのだ。
年齢差はあるとはいえ、もしかしたら恋の予感っていうふざけた展開だって有うる状態なわけだ。俺はちょっと想像してみたが、あまりの気持ち悪さに吐き気を催したので、すぐに考えを消し去った。
結榎は、亨の事を格好良いと言っているが、それはやはり一般的に神様が格好良いという証拠だろう。俺は友人の一人として誇らしく思ったが、いや、まてよ、と思い直した。
俺って男じゃん。
それって……空しくないか?
「なあ、お前さあ…。もし、もしだよ。万が一…いや、億が一…いやいや兆が一にも…」
「何だよ、早く言えよ」
結榎はウザそうにそう言った。
「何だよ!そのいかにも、ウゼってえなあ、早く言えよ、このトロマはよお!…っていう態度は!」
「その通りだもん」
コケッ。
「だからさ、もし亨がお前の事気に入ったらとしたらさ、お前どうすんの?」
「ああ…そういうコト。そりゃ嬉しいに決まってんじゃんか」
「違うって。そうじゃなくて。…つまり、付き合ったりとか…そういう希望があったりすんの?」
結榎は、うーん、とちょっと考えたように唸る。
しかし、答えは意外なものだった。
「っちゅーかさ。こっちとしては」
こいつは自分の事を、こっち、と言う。
「やっぱりバンドが好きっちゅーか。それってさ、ギター持ってない時のトールさんが好きか嫌いかっちゅー事じゃん?別にさ、どういう時だってトールさんはトールさんだし?別に好きといっちゃ好きなわけよ。でもさ、やっぱこっちとしては、ギター持ってステージでキレまくってるトールさんが好きなわけよ。プライベートとステージで、ステージの方がより好きって思っている以上さ、それは単なるファンって事じゃねーの?有名な奴らとか追っ掛けてる奴らでさ、良く、あなたの全てが好きですぅーとか言っちゃってるバカ、いるべ?でもさあ、結局さあ、知り合いじゃ無い限り普段とか分からないじゃん?結局、そいつの一面しか知らねーんだから、そいつらは男と女っていうより、ミュージシャンとファンから抜けらんねーと思うわけ。まあこっちとしては、今のところ別に恋とかってよりライブって感じあるしよ。だから単にお知合いになれたら儲けもんってだけ」
ほう…。
俺はこいつの意外に真面目と思われる貴重な意見を耳にし、思わず感心してしまった。
しかし、お年ごろのお嬢さんのクセに、恋だの愛だの興味無いとはどういう事なんだろうか?
普通バンドを追い掛けてる子というのは、そこにちょっとした恋愛感情だの煩悩なんぞを交えているはずだ。なのにこいつときたら、そういう事より「ライブの雰囲気」と「バンドという組織」が好きなのだ。良く分からない奴だ。ある意味、悟りの境地じゃないかと俺は思ってしまう。
「なあなあ、快くん」
そんな事より…なんて、嬉しそうな顔で結榎が迫ってくる。
俺は、絶対こいつ何か企んでる!、と動物的直感で察知し、無意識の内に後ずさった。
にまーっとした視界いっぱいの顔が変形していく。
不気味、である。
「一緒に卒業したんだろお?ちょーっとさあ、好奇心なんだけどよお、卒アルとかさあ」
「へ」
早く出せよボケ、と言わんばかりに結榎の手がニョロっと伸びた。
俺としては、亨の高校時代の顔なんてどうでも良かったが、俺の顔がかなりヤバイ事になっている方が気になって仕方なかったのである。
しかし…恐ろしい妹の顔のアップに迫力負けした俺は、渋々と卒アルを出す事にした。
高校時代のものはもう全て捨ててしまおうと思った時期もあったが、物持ちの良い俺はどうしても透明のスーパーのゴミ袋にポイする事ができず、仕方なしに、コンポが入っていたダンボールの中に全部放り込んだ…記憶がある。
確かその隣にあったよな、と思いながら探ると、呆気無く卒業アルバムが顔を出した。それには、「旅立ち」という名前というかタイトルのようなものがついていた。
俺が行っていた高校は学区内の県立高校で、そこそこ頭の程は良かった。結榎は私立の名門女子高に通っていて、頭の程は俺より上。ちょっぴり悔しいというか、肩身が狭い。しかし、私立だからか、名門だからか、はたまた両方だからか、かなり校則が厳しいらしく、いつも「県立行けばよかったぜ」なんてほざいている。
しかしこいつの場合、私立でも公立でも結局、校則なんてそっちのけでゴーイングマイウェイなんだから、そんなのはどうでも良い呟きのような気もするが。
「ほいよ」
俺がアルバムを渡すと、結榎は餌を得た虫の如くに飛びついた。何だよ、結局ミーハーじゃないか、と俺は心の中で毒づく。
イケメンな亨の、貴重な高校時代の顔が見たいだけなんだろ、どうせ。
パンピーの中のパンピー、キングオブパンピーの俺にはどうせ無縁ですよ、そんなものは。ええ、ええ…。
そんなやさぐれる俺に対し、奴は堂々とかましてくれた。
そりゃもう大音量の笑い声を添えて。
「うっわー快ちゃんの顔ってギャグー!」
……俺は何も言えなかった。