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神様の唄  作者: もと
高校時代の思い出
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第五話:報告

 俺の心臓は、静まることが無かった。何せ鼓動が止まったら死んでしまう……なんてジョークをかましている場合では無かった。俺は、あの顔を見た瞬間、頭が真っ白になり、いてもたってもいられなくなってしまったのだ。


 皇には悪いとは思ったが、ごめん、と一言謝ってその場を後にした。皇は何が起こったのかさっぱりな様子で、「あれえ、キちゃったあ?」なんてほざいていたが、そんな軽い言葉に、何かものを返す余裕も無かった。俺らしくない。でも、俺の心は完全にトリップしていたのだ。あの淡い時代に──。


 俺は皇の家からずっと走っていた。

 どこに行こうとかは思いつかなかった。

 不思議なのは、意外にも神様の顔が思い浮かばなかった事だ。いつもだったら真っ先に神様の顔を出て来る筈なのに、そんな順序だてさえ出来なかったのだ。


 息が苦しくなって、俺は足を緩める。猛ダッシュの後にすぐ止まると体に悪いのよ、なんていう小学校の時の先生の言葉が頭を駆けめぐり、無意識に「はい」と返事しながらそれを実行している俺がいた。


 冷静になれ。

 冷静に……。


 そう心に語りかけ、俺は、はあはあ良いながら無意味な深呼吸をする。ふと辺りを見回すと知らない景色が広がっていた。どうやら見ず知らずの土地に迷い込んでしまったようだ。だが、それ以上に俺の心の方が迷い込んでいた。


 冷静になれ。


 俺はもう一度強くそう語りかける。その時、初めて神様の顔が浮かんだ。


 そうだ。

 奴の方はどうなっているのだろう?


 昨日の今日だからまだ何も新しい事は無いとは思う…が。とにかく、神様に連絡を取らなくてはならない。連絡を。


 俺は鞄の中で窮屈そうにしている受信専用携帯電話を取り出した。ディスプレイは時間を表示している。午後9時ちょっと過ぎ。今、神様は何をしているだろう。

 さすがの神様も、そうそうライブハウスに入り浸りというわけではない。何て言ったってバンドは金がかかる。いつかそう呟いてたっけ。確か、原宿で一緒にクレープをかじりながらそう言っていた。だからバイトしないとね、なんて笑っていたわけで。


 関係ない話だが、神様はバーで働いている。バーと言っても姉ちゃんが出てきてキャピキャピするやつではなく、普通の、洒落た、しかもカクテル一杯が千三百円という超ぼったくりだ!と叫びたくなるような、あれである。

 もしかしたらそこにいるかもしれない。

 だったら奴が電話口に出る可能性とやらはあんまりまったく薄いというものだが、試しに俺はそれを実行してみた。


 プルルル…。

 NTTの電話線がブルブル言っている頃だ。

 俺は、10コールも鳴らしたのに出ないなどけしからん!と思ったが、バイトかもしれないし、はたまたライブかもしれないし、とにもかくにも俺の電話代が飛び上がらなくて良かった、などと不謹慎なことを心の隅で思いながら、そろそろ切るか…と、電話マークへと指を伸ばした。


 と、その時!

 俺の電話代が、ビヨーン、と飛びはねた。


「もしもし」


 何も知らない奴は、冷静な声でそう言った。俺は恨めしい気持ちで数字をカウントする電話機を眺める。が、あんまりにも神様がしつこく、もしもしもしもしもしもしもしもしかめよ、とほざくので、電話を定位置に戻した。


「もしもし、俺だよ。快登だよ」

「分かってるよ、んなこと」


冷たい反応に、俺はちょっぴり寂しくなる。


「どうした?何かあったのか?俺の声が愛しくなった?いっぱつ…」

「その先は言うな、お下劣めっ!俺の趣味はそんな低い声じゃありませんっ」

「あらあ、そおう?ざんねーんっ」


 電話口だとこんな調子である。会うとあんなに格好良いのに…。人という生き物はとても不思議であると、人生の中で感じるのはいつもこの時である。しかし、俺は神様とこんなズッコケ漫才をしている場合では無いのであった。


 心して聞くが良い、俺は真面目にそう口にする。そんな俺のダンディな声に、え、何?とちょっと困惑気味の声。


「俺…見つけたんだよ」

「何を?」

「……加賀真」


 一瞬、沈黙が訪れた。明らかに動揺している。

 俺は、その先をどう続けて良いものか迷っていた。どこから説明したら良いか…いや、しかし、それ以前にこの空気を破るという事に迷いを感じてい。


「はあ?快登、お前バカ?」


 ……俺はズッコケた。

 折角俺がシリアスに考えていたというのに、まったくこの男はなんという物言いをするのか。おかげで、最後の「た」を言う前に「。」が付いたっちゅーの。

 俺はうんざりして、


「何だよ、それは!折角俺が、この貧乏な俺が、貴重な金を使って携帯からかけてやったっていうのにだなあ!」


「っていうか、お前何でドコモなの?」


 うっ。


「だったらピッチに変えればいいんじゃねえの?」


 ぐはあっ。


「だいたいお前なあ…」

「ちょっと待て!脱線するなっ!俺は、加賀真の話をしてんだ。だいたい、こんな貴重な情報を提供した俺は、普通表彰状を与えられて良いくらいなんだぞ。なのに何だ!俺の事をバカよばわりしおってからに!」

「何、興奮してんだよ。だから、今その話をしようとしてたんだって。お前、加賀真を見つけたって言ったけど、別にあいつならもう見つかってるじゃねーか。しかも俺達はこの目で見たんだぜ?R/PARKに…多分また出るだろうし。時間の問題だって、昨日も言ったじゃないか」


 ああ、何だ。そういう意味で言ったのか。

 俺は理解した。

 でも、もしそれが…。


「……もし、さ。加賀真が一時限りのヴオーカリストだったとしたら?」

「え?」

「もし。サポーターとしてあのステージにいたとしたら?…また、あいつを見る事って、必ずあるとは言えないだろ?」


 しばしの沈黙。そうか、そんな事思い付かなかった、と神様が沈黙を破る。


「てっきり…あのバンドでやってるものかと思ってた…」


 神様によると、昨日加賀真が歌っていたバンドは「ALGアルグ」というバンドだったらしい。今後の予定にも無いし、今回初めてR/PARKに姿を現したのだとか。友達のバンドなどにも色々地方のバンドの情報などを聞いたが、名前すら聞いたことが無いという答えだけが返ってきたという。


「正体不明って感じなんだ。まだ始めたばかりというなら分かるが、それにしてはメンバー皆がステージ慣れしすぎてた。だから…もしかしたら、どっか有名なバンドが覆面でやってるのかも…とか、さ。何でもALGにの素顔は誰も見てないんだって。打合せも何も全部、衣装付きメイク付きだったらしい。でも加賀真は大したメイクなんてしてなかった。だからもしあいつが有名なバンドのメンバーだったとしたら、誰かしらあいつに気づいた筈なんだ。だから…。まあ、いろいろ可能性は考えられるんだけどな。今のところは分からない。試しにR/PARKに詳細を聞いて見たけど、そこは教えられないって言われて。…今は、俺の…自分のバンドの事を考えてるしかないって結論に至ったよ」


 神様は、2週間後にライブを控えていると言った。確かにそんな時に、加賀真の事を考えている余裕は無いかもしれない。


「俺はただ…あいつに謝りたいだけなんだ」


 神様はそう続ける。その声は消え入りそうに小さかった。俺には何も返す言葉が見つからない。


 あの日、加賀真を傷つけた、そしてそのまま謝る事もできずに別れた二人――。


 神様は、じゃあそういう事で、と気の無い言葉で締め括った。俺は、おう、と言うだけしかできなかった。本当に、それ以外の言葉が見つからなかったのだ。

 携帯電話はツーツーという音を立てたままだった。何故か「切」のボタンを押せないまま、俺はそれを鞄の中へと放り込む。


 そして――俺は思った。


「……あれ。ここ、ドコ?」





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