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神様の唄  作者: もと
高校時代の思い出
4/18

第四話:ビデオテープに映った顔




 市碕家は綺麗に片付いていた。

 他人の家に入ると何となくその家に住む人の人間性というものが分かったりするが、この時もそんなものを感じた。

 台所を通り抜けて、その先。そこに皇の部屋はあった。ドアには可愛らしく、「入っちゃ駄目!」などと書かれている。俺は隣にいる皇の、何んとなく可愛らしい顔を横目に、こんな童顔でも男の事情か…などと良からぬ事を勝手に考え、世の中って罪だな、こんな顔でも…などと勝手に落ち込んだ。そんな俺の腐りまくった思考など知る由も無く、皇は笑顔で自分の部屋を開放してくれる。


 皇の部屋はこれまた小綺麗だった。俺は思わず、ハウスキーパーになりませんか、と誘いそうになった。机、箪笥、ベッドなんていうものは当然のようにそこに居座っていたが、それに加えて、ギター、アンプ等の専門品、コンポ、コンピュータ、テレビ、ビデオ等のいわゆる電化製品もバッチリお揃いである。


 ちょっと意外だったのが、机の脇にちょこんと座っている水槽だ。中には、漫画なんかで良く表現されそうな典型的なヒラヒラした赤金魚がスイスイスーと泳いでいらっしゃった。

 物珍しいせいか、俺の視線はすぐには水槽から離れなかった。その所為だろうか、皇がその赤金魚について説明しだす。


「あ、それね。すごいべ?俺って感じじゃないっしょ?」

「おお、ちょっとビビった」

「はははっ。あんね、こいつね、ヅカ君っていうの。よろしく」

「はあ?」


 俺は思わず素っ頓狂な声を出した。何だその、ヅカ君っちゅーのは?…まあ、良い。こいつの趣味なら、俺は口の出しようがない。

 皇は、部屋の中央に置いてある折りたたみ式の小さなテーブルに鞄を置くと、その中からさっきの黒いビデオテープを取り出した。

 それをデッキにセットすると、


「まあ座って。見ようぜ、こいつ」


 と言う。俺は腰を下し、そいつが映像として出て来るのを待った。


 暫くすると、凄い雑音と、ノイズだらけの映像が飛び出す。皇は、もうしようがないなあ、なんて呟きながらトラッキング調整をする。しかし、それは無駄に終わってしまった。


「あーもう駄目だわ。これってマジ映像悪すぎっ。悪いけど、このまま見て」

「うんにゃ、おっけー」


 俺は、ちょっと…いや、大分残念だったが、快くOKをかましてやった。とりあえずノイズは治まったものの、普通の家庭用8ミリビデオで撮ったような映像なので音声はかなり悪いままだ。よって、音楽も良く分からない。


 ステージには4人。その一番右に皇は立っていた。意外と…というか、いつもと違ってワイルドな奴がそこには居て、俺はちょっぴりびっくらこいてしまった。そんな俺の隣で、皇は懐かしいなあ、なんて呟いている。


 映像の中の皇は、金髪でナチュラルなメイクをしていた。黒のシャツに、黒のズボン。あまり行き過ぎていない黒服である。俺は、チラリと隣に座っている童顔君を見た。こいつが金髪か……。シルバー商店街のおばちゃんじゃなくったってこの事実にはびっくり仰天ってもんだ。


「そういえば」


 俺はビデオ観賞中に悪いなと思いつつ、皇に尋ねる。


「お前さ、このビデオの事、手に入ったって言ってたよなあ?それってどういう事?」

「ああ、その事」


 皇は視線をTVに向けたまま、俺の質問に答えた。


「何かさ、俺この前さ、原宿とゆー若者の町に行ったわけ。やっぱさーそろそろ服も欲しいし、って思って。そしたらさ、偶然会っちゃったのよ」

「会ったって、誰に」

「元メンバー」


 何か俺としては複雑な気持ちだったけど、なんて続けながら、皇は笑った。


「それがさ、おっかしいの。俺が進路について悩んだ時にあれだけバンド続けろって言ってた奴がだよ?もう超パンピーになっちゃっててさ。あの時はさー、こう……あ、そうそう。このドラムの奴」


 そう言って、画面を指差す。

 そこには、赤と黒の混じったサラサラヘアを振り乱しながらドラムをドンドコやっている男がいた。言っては悪いが、けっこう馬面だ。


「こういう奴だったわけよ。なのによ?これが、真っ黒けっけのさっぱり短髪になっててさ、服なんてチェックの白シャツにチノパンなわけよ。本当に、人間って変わるもんだなあって、しみじみしちゃったなあ」


 おいおい、どことなく話題が逸れてないかい、童顔君。


「やはりあれは若気の至りってやつなのかなあ…」


 本当に遠い目をし始めた皇に危機を感じた俺は、おいおい、話逸れてるぞ、と一言忠告してやった。三図の川を渡らせる訳にはいかん。何故ってまだ理由を聞いていないもの。


「ああ、ごめんごめん」


 何とか息を吹き返した皇は、えーと、と話の途切れ目を探している。


「うん。そう。だからさ、そいつに会ったのよ。因みにそいつ、瀬神っていうんだけど。まあそんなの、どうでもいいか。でさ、めっちゃパンピーになった瀬神がさ、どうも俺に気づいたらしいんだよね。たまたま服を眺めてたら、すいません、って言われたから振り返ったのよ。俺としては何か引っ掛かるって位にしか気づかなかったのに、瀬神は、もしかして市碕じゃない?って。俺はそう言われても気づかなかったんだけど」


 何て薄情な……。


「俺が、?って顔してたら、あいつすっごく困ったような顔してさあ」


 そりゃそうだろうとも。


「覚えてないかな、ほら、バンド一緒にやってた瀬神だよ、って言われて。ああ!って思わず掌ポンってやってさ。どうもーって言っておいたけど」


 お笑い芸人か、おのれは。


「で、瀬神ったらバカなのな。俺の顔まじまじ見てきてさ、お前変わったなあって言うの。おかしい奴でしょ?」


 おかしいのはお前だって。誰がどう見たってこの映像とかけ離れてるっつーの。


「どうせならさー、やっぱお前って綺麗だよなあとかさあ…」


 いや、それは……。


「ま、いいや。でさ、思わず俺たちお茶とかしちゃったのよ。最近どうだとか、そういうやつ。いわゆる世間話ってやつだね。そしたらさ、あいつ普通に会社勤めしてるらしくて、もうバンドとは何も縁が無いって言ってた。それで、今度結婚するらしくて、今迄の物を処分するって言うわけよ。まあ、早く言えばその処分品候補の中に、こいつが居たわけ」


 そう言って長々とした説明に一段落つけた皇は、黒いビデオケースとポンと叩く。早く言うと、なんて皇は言ったが、やけに長い説明だったような気がするのは俺だけだろうか。なんとなく30分はこの説明に費やされた気分なんだが。


「それで、俺としてはね、別にこのビデオに興味とかは特別無かったんだけど」

「俺の為に…ありがとう」

「うむ。よろしい」


 俺はご主人様に忠誠を誓うポチの如く頭を下げた。


「そういう訳で、このビデオは元メンバーにたまたま貰ったというわけよ」


 今迄の30分を軽く2秒程で言い終わる言葉に要約した皇は、奥が深いっしょ、なんて笑う。俺は奥が深いかどうかは甚だ疑問だと思いつつも、口を謹み、うん、と一つ頷く。

 それにしても、その瀬神という人はどうしてバンドをやめてしまったのだろう。皇の話を聞く分だと、随分真面目に音楽をしていた筈なのに。俺は人事ながら、ちょっと悔しい気がした。


 確かに、普通に就職、結婚…というのは一般的にはスマートで無難で、世間体も良く、何も文句が無い人生だ。でもそれは、仮にも昔、大きな夢を持っていた人が選ぶ道だろうか。確かに音楽で成功するのはとても大変だと思う。分かっている。音楽をやっていない俺でさえそう思うのだから、音楽をやっている当人にしたらもっと大きなプレッシャーがあったというのは安易に想像できる。でもそうやって、誰しもが挫折をして、結局は無難なレールへと進路変更してしまうんだろうか。やはり夢は儚い幻のようなものなのだろうか。俺はちょっと寂しい気がした。

 そんな事を考えていると、皇がぽつりとつぶやいた。


「辛いって」

「え?」


 俺は思わず聞き返す。


「瀬神が言ってた。本当は辛いって。例えば就職してもさ、何とか趣味としてなら音楽やっていけるでしょ?でも、結婚したら自由きかなくなるじゃん。そしたらね、思い出すのは辛いって。思い出させるようなものがあると辛いって。だから処分するんだって言ってた」


 俺はさっきまでの思考を中断せざるを得なかった。でも、どこかホッとした。やっぱり夢を捨てる事は悲しいんだ。瀬神さんも、悲しかったんだ。そう思うと、何故かなにかが救われる気がした。


「でもねえ、俺思う。俺はさ、確かにバンド一本っていうのは重荷だって思ってやめたような奴だからさ、あんまり偉そうな事言えないけど。でもね、あの頃ってやっぱり最高だったんだよね。辛い事も苦しい事もあったけどさ、俺がおじいさんになってヨボヨボになった時、自分の人生で一番輝いてたのは、あの頃だったなって思うんじゃないかな」


 若くて、勢いがあったから、できた。そんなふうな言葉で片付けられてしまったとしても、例え本当にそうだとしても、それは本当に輝いていたんだろう。

 俺は切なくなった。

 現実というのはいつでも重い。やりたい事がやれない事はもっともっと重い。やりたい事が満足にできずに無難な道を選んでいく。そんなふうに、今迄何人もの人が歩んでいった筈だ。

 本当は大好きなことをして過ごせた筈の人生が、現実という枠に押しつぶされてその可能性すら潰されていく。本当は選べた道を、潰されていく。だから儚い。だから切ない。

 いくつもの可能性を秘めていた筈の人生が、最終的に何かに絞らなくてはならない現実。だから思い出はいつも切ない。今ではできない何かが、その空間にはあったのだから。


「多分、今の俺なんかより、そういうふうに人生を決めた瀬神の方が、ずっとずっとそう思ってるんだと思うよ。あの頃は良かった、ってさ」

「うん…」

「結局さ、瀬神は普通って奴を選んだわけよね。まあ何が普通かなんて分からないけど」

「うん…」


 そうだ。何を「普通」と言うのだろう。誰が「普通」を定義するのだろう。多分、それを定義した奴らは、自分の夢が叶わなかった奴らなんだ。なんだかんだ言っても、安定しているのが一番、なんて、そういう奴らが決めたんじゃないだろうか。自分の一生を振り返りながら。


 でも、俺は他人にどうこう言えるような存在では無かった。何故って、この俺が一番どうしようも無い奴だって分かっているからだ。

 俺は高校時代もそういう輝ける何かを見つけられなかったし、今だってそうなんだ。他人の何かに一喜一憂してる。そんな自分は、やっぱりちっぽけだと思った。


「まあ、ね。そういうわけでさ。そいつはそういう人生なわけ。他の奴らの事は全然分からないよ。まあ別に探ろうとも思わないし」


 俺がまだおセンチしてるってのに、皇ときたらもう、あっけらかんとしてそんな事を口にする。淡泊なんだから、と俺は口を尖らせる。ちょっとカラスちっくだ。


「なあ、皇」


 俺はちょっと間を置いてから、そう呼かけた。


「皇はさ、これからどうすんの。大学卒業してちゃんと就職すんの」


 皇はきょとんとしている。


「…さあ」


 ちょっと考えたふうに、そんな答えが返ってきた。別に特に考えてない、などと不埒な事をおっしゃる。


「…もう、バンドはやんないの」


 俺は禁句かな、と思いつつも口にしてみた。


「うーん。どうかなあ。でもさ、やめた理由が理由だし、あんましね」

「なんじゃそりゃ。じゃあ、やってもやらなくても良いってこと?」


 俺は皇の答えに正直拍子抜けしてしまった。


「っていうか。基本的にはやんないつもりでいるよ。まあ…色々あってさ」

「色々って?」

「いやいや。…まあ。俺にとってはね、まだ考え中なのよ。何に夢中になるかって事。今更って感じだけど、人生の長さを考えるとまだそう思ってても良いと思わない?」


 そう言って笑う。俺はちょっと、自分が癒された気がした。まだ何も見つけていない俺にとっては、とても幸せな一言だった。

 にしても、色々って一体何だ?


「あーらら。結構進んじゃったね」


 いつの間にかマジトークをしてしまった俺達は、ビデオがかなり進んでいる事に気づいた。皇によると、このビデオはある日のライブ風景をそっくりそのまま撮ったものなのだそうだ。そして今流れているのは、6曲中最後の曲らしい。


 俺という奴はその場の雰囲気や人の言葉に惑わされ易いので、ついつい皇の話に夢中になってしまった。自分から見たいと言っておきながら、失礼しましたってなもんだ。反省…。……だけならサルでもできる。っつー事はなんだ。反省プラスアルファ何かしろっていう事か、おい。できなかったら俺はサルか…と一人悩んでみる。


 俺は、そんな事を考えている暇は無いか、と思い直して、再びビデオに視線を映した。


「そういやさ、他のメンバーって年上なんだっけか?」


 俺はふと思い出してそう言った。うん、と皇。


「皆、3才年上だったかなあ。確か、うん。瀬神はその頃、大学生やってて、ギター君は専門学生で、ヴォーカル君がフリーターだったっけか。確か……あれ?」


 画面を見ながらそう説明していた皇は、ふと言葉を止めた。俺は首をかしげて奴を見つめる。でも、皇は画面を見ながら、あれれれ、なんて呟いている。手を顎に当てながら。


「あ……そっか」


 やがて皇は、何か解決したようにそんな言葉を発した。俺は何のことだかさっぱり分からず、もどかしくなって、


「何だよ、おい」


と、急かす。すると、やっと画面から視線を外して、皇は一人で笑った。


「いやいや、これに映ってるヴォーカル君さ、何か違ったから」

「違う?」

「そう。これってさ、サポートの人。この日、っていうか……このライブのちょっと前から、本物のヴォーカルがさ、何か入院しちゃったのね。何かそいつ体弱かったから。で、急遽こいつがやるって事になったの。本当なら中止とかにするじゃん?でも俺達のファンなんて10人やそこらの話だったからさ、まあ遊びってことでやらないか、って事になってさ。こいつ、この時ウチのローディーやってたのね。だから結構ウチの曲とかマスターしててさ」


 へー、その割には、違和感が無い。歌もそこそこできそうだし、「煽り」だって結構なものなのに。

 そう思って、それを口に出そうとした瞬間、画面は、ズームアップしてヴォーカルの顔を映し出した。


 ――――え…?


 息が止まった。

 鼓動が激しくなった。

 何故ってそこに映った顔は、俺の良く知った顔だったからだ。



 そうだ、あれは…………加賀真良介。




 

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