第一話:神様からの呼び出し
それはある晴れた日の事。
チャリを飛ばして十分。俺の愛車「お気楽号」は、ちょっぴり人通りの無い寂しい道を突っ走っていた。向かい風にあおられながら、俺は超速球で目的地へと向かっている。
目指すは「R/PARK」。地元では有名な、お騒がせスポットである。
壁が薄いんだか、穴でも空いているんだかで、とにかく騒音がすごい。何ていってもライブハウス。ご近所では柄が悪いだの難だのと非難ごーごーではあるが、俺にとっては憩いの場といっていい。
俺がロックに片足を突っ込んだのは、もうかれこれ5年前。
高校に上がったばかりの純情無垢な俺様を、煙草と香水と化粧の匂い渦巻く世界へと導いて下さった悪魔……神様のような素敵な男がいらっしゃった。当時の俺としては、流行りどころか音楽というものに微塵も興味が無かったわけなんだが、それをこの神様がにっこりと笑って変えて下さったわけだ。
その神様はギターを片手にこうおっしゃった。
”感動させたくねえ?こいつで”
細い体に6本の線を持ったそいつ。そいつが神様の相棒だった。
あれから5年経って、相棒は神様を輝かせていった。俺は相変わらず隣で見ていただけだったけれど、隣で変わっていく神様をとても誇らしげに感じていた。だから神様が弱音なんて吐いた日にゃあ、ぴしゃりとハリセンでつむじを叩き、禿げるのを手助けしたものだ。
「弱音吐くなよ!お前ならできるよ!」
だって、お前は神様じゃん、と心の中で続きを呟いて。
「R/PARK」到着。
予定よりは少し早めにつけて、俺としてはホッとした。
壁一面には、各バンドのチラシやら、落書きの嵐が広がっている。階段を下っていくと、黒一色のお兄さんが立っていた。髪はちょいロングの金髪で、腕と指にはゴツメアクセが何個も光っている。光の加減で、フェイクレザーの上下もつやつやとしている。
俺はその影に、よっ、と挨拶をして笑った。すると、黒子も細い釣上がった眉をぴくりとさせて笑う。
「遅かったやん」
黒子はそう言って、パンツのポケットからセブンスターを取り出した。
一本つまみ出すと、時計の付いたシッポでジュッとそれを燃やす。
「いやいやあ…これでもチャリ飛ばしたんだけどね」
「はいはい。ありがとさん。さ、これからショータイムだぜ」
黒子は怒りとせずにそう言うと、入り口のドアを指差した。
どうやらもうすぐ開演らしい。
「っていうかさ…ちょっと聞きたい事が」
俺はちょっと考えてからそう切り出した。何故って、どうして俺が此処に来なくてはならなかったか、という部分があんまりにも明瞭じゃないからである。
実はというと、俺は今日此処に来る予定は微塵も無かった。
しかし昨日のうしみつ時、そろそろ眠ろうかしらと俺がうとうとしていた時、まさにその時、俺の大切な携帯が、ベートーベンの運命を唄いだした。こんな時間に何事だ!、と思わず空手の姿勢を取った俺だったが、冷静になり、深呼吸をして、携帯を手にした。するとどうだ。神様からのお告げが。
「明日7時。R/PARK」
プツッ。ツーツー。
何だそりゃ?
確かに内容は短いに限る。そこで、やだー久し振りーちょっと最近どーよ。えーまじにー、などと始まろうものなら、お日様だって「おはよう」と声をかけざるをえない。俺はその簡潔な電話に、怒りを覚えるというよりは、呆然としてしまった。
しかし、それは長くは続かなかった。
だって、神様は何度もそういう酷なお告げをするんだもの。さすがの俺だって、慣れるというわけで。
そういうわけで、俺は内容も理由も何一つ知らずに、此処までやって来たという次第であった。
俺の問いに神様は、うーんと唸って、
「見れば分かるべ」
と、またまた簡潔な言葉を返す。
俺としては別に神様に期待はしていなかったので、そんなものかと納得してしまった。
「とにかく、見ればお前も驚くよ。お前に、見て欲しいんだ」
神様は短くなったセブンスターを壁に押しつけて、そのまま手から放した。セブンスターがポトリ、と床に転がる。そして、壁の向う側からは音が響き始めた。
「行こうぜ」
神様は重いドアに手をかけ、それを強く押した。
音が、急に暴れだす。
体に響く重低音。
俺は久々の感覚にちょっとドキマギとしていた。
神様はというと、ドアを開けた瞬間から妙に真面目な顔つきへと変わっていた。ステージから零れる光で金髪がはっきりと分かる。その横顔が見つめる先を、俺はそっと辿っていった。そして俺は、眩しいステージヘと顔を向ける。そして、俺は―――。
ああ、そうか。
俺は目を見開いて、神様の言葉を思い出した。
『見れば分かる。見て欲しい』
ステージでは、5人の男が所狭しと動き回っていた。
ヴォーカル、ギターが二人、ベース、ドラム。
どれも、黒と赤を基調とした服を纏っている。
神様は、その中の一点しか見ていなかった。狭いハコの中で、ただ一点。
―――ヴォーカルの男を。