7
翌日の午後。
図書室には智春と佳乃が四人掛けの机に向かい合って座り、話していた。
佳乃は昨夜まとめたノートを見ながら言う。
「吉乃姫の言い伝えをまとめると、三つの説になる。ひとつめは、吉乃姫は深江にたどり着いた。二つ目は、吉乃姫は深江にたどり着き、その後、また深江に戻ってきた。三つ目は、吉乃姫は日高稲山の山中で亡くなった」
智春は唸るように言う。
「どの説も確かめようがないよな」
「成瀬君のおじいさんに深江寺にいたという女の人の話を聞けないかな?」
「昨日、じいちゃんに聞いてみたけど、そんな女の人は知らないって。預かっていただけだったら、詳細なことまで残ってないよ」
「そうだよね……」
「吉乃姫の言い伝えを調べました。説は三つあって、無事にたどり着ていたらいいな……、みたいな内容でまとめていいんじゃない?」
智春はそう提案したが、佳乃はそんな曖昧な終わり方では納得できなかった。
「私も直接、成瀬君のおじいさんの話聞きたい」
「まだお盆前だから時間取れると思うけど、聞いてみるね」
図書室からの帰り道。
正面から佳乃と同年代くらいの子供たちが三人歩いてきた。
二人の男の子と一人は女の子だった。
その子たちが声をかけてきた。
「智春!」
ショートヘアの女の子は尋ねる。
「その子、誰?」
「こじか……名前は佳乃だっけ?」
「小鹿佳乃です」
「こっちは、晃と里香と栄治。同じ中学の友達」
智春が佳乃に紹介した。
背の高い晃が言う。
「俺たち川で遊んできたんだ。智春は何していたの?」
「こじかと図書室で自由研究をまとめていた」
「明日の祭りは行くだろう?」
「もちろん行くよ。――そうだ、こじかも行こうよ」
「え? いいの?」
里香は嬉しそうに頷いて言う。
「うん! 佳乃ちゃんも一緒に行こうよ」
場所は公民館の駐車場を使って行われるようで、明日の六時に公民館の前で待ち合わせをすることになった。
佳乃は、そこで智春たちと別れ、てるよの家に戻った。
てるよに明日のお祭りに行くことを告げる。
「浴衣があるよ」
押し入れの中からケースを取り出し、紺色で百合模様の浴衣と赤い帯を出してくれた。
てるよは佳乃に浴衣を当てながら言う。
「恵子が高校生くらいの時に着ていた浴衣だから少し大人っぽいかもね」
「着ていきたい!」
「じゃあ、出しておこうね」
てるよは、浴衣の手入れをはじめた。
その日の夜。
佳乃は部屋で勉強をしていた。すると、スマートフォンが鳴った。恵子からだった。
なんだろう、と思いながら佳乃は電話に出た。
「佳乃、深江での生活はどう?」
「今、勉強していたところ。どうしたの?」
「お父さんの手術が無事に終わったから知らせておこうと思って」
「よかった。お父さん、大丈夫?」
「順調に回復すれば、八月五日には退院できそうだって。それで、佳乃のお迎えだけど、八月三日はどうかしら」
今日は、七月二十五日だ。九日後に橋爪に戻れることになる。
まず、脳裏に浮かんだのは秀久だった。まだ吉乃姫の行方が分かっていない。
それから、智春のことだった。自由研究を一緒にやっているのにあと九日で終わるだろうか。
返事をしない佳乃に、恵子は尋ねる。
「聞こえている?」
「あ、うん。分かった。友達と一緒に宿題をやっていて、終わるかな、と思って……」
「友達ができたの?」
「深江寺の子。成瀬智春君。明日、一緒にお祭りにも行くんだよ。おばあちゃんがお母さんの浴衣を出してくれた」
「紺色のやつ? まだとってあったんだ」
しばらく雑談をして、佳乃は電話を切った。
佳乃は、うーっと腕を伸ばしてから脱力した。
「あと九日、かぁ」
「どうかされたか?」
秀久が佳乃を上から覗き込む。佳乃はもう慣れたもので驚かなかった。
「お母さんが迎えに来るって」
「そうか、寂しくなるのぉ」
秀久は、呑気にそういうものだから、佳乃は振り返って言う。
「秀久さん、またひとりになっちゃうんだよ」
「佳乃殿について行くのも楽しそうじゃ」
「ついてって……。橋爪に来るってこと?」
「妙案じゃ」
秀久は、その案をたいそう気に入ったようだ。
このままでは本当にそうなりそうだと、佳乃は溜息を吐いて、勉強に戻った。
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