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私と君の忘れられない夏  作者: 冬木ゆあ


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5/10

 翌朝。

 佳乃は櫛を丁寧にハンカチで包んで、ショルダーバックのチャックが付いている内ポケットへ入れた。

 秀久の姿はないが、櫛を持っている佳乃のそばにいるのだろうと思った。

 念のため、声をかける。


「秀久さん、行くよ」


 佳乃は家を出て、公民館へ向かう。

 まだ八時前で日差しはそんなに強くない。清々しい空気の中歩いていく。

 公民館のバス停に着くと、まだ智春は来ていなかった。

 バス停には、他にもバスを待っている人がいて、その後ろに並んで智春を待つことにした。

 すぐに公民館の方から智春が走ってやってくる。


「こじか、おはよう」

「成瀬君、おはよう」


 バスが着て、二人は一番後ろの席に座った。

 バスで沢田駅まで三十分程度、そこから電車で日高駅まで四十分程度、またバスに乗り換えて日高城跡まで二十分程度かけて行く。

 乗り換え時間も含めると二時間程度かかった。


 バスは日高城跡の駐車場にあるバス停に止まり、二人は降りた。

 城門を潜り抜け、坂を上がっていくと、原っぱが広がっていた。その先に、日高城が建っている。

 智春の話では近代になって建て直され、今では博物館になっているそうだ。

 城に入ってすぐに入場券の販売機があった。

 購入してから、駅の改札のように入場券を通して入場した。

 博物館内は薄暗く、展示物を照明が照らしている。

 二人は、一階から順に見て回った。城についてだけでなく日高市の近代までの歴史の展示がされていた。


 二階に上がると、中央に城の模型が展示されていた。

 その辺りは、城について展示がされており、二人は他の展示物よりも念入りに見ていた。


「おや、夏休みなのに博物館にきて勉強とは感心だな」


 隣にいたおじさんが声をかけてきた。

 智春が答える。


「俺たち、自由研究で日高城のことを調べようと思ってきました」

「ほぉ。感心だ。どこからきたんだい?」

「深江です。電車できました」

「深江か、電車だと遠かったでしょう。せっかくだ、お役に立てるといいのだが」


 おじさんは懐から名刺を出して二人に差し出した。

 智春がそれを受け取る。名刺には下村繁郎(しもむらしげろう)と書かれていた。その名前に佳乃は目を丸くして言う。


「『日高城の歴史』を書かれた方ですよね?」

「こんな若い読者の方と出会えて嬉しいよ。普段は日高大学で教授をしているんだ。

 ――自由研究にすると言っていたが、どうまとめようと思っているんだい?」

「私は吉乃姫について調べようと思っています」

「吉乃姫の言い伝えを聞いたのかい? 女の子が好きそうな話だものね」


 佳乃は食いつくように言う。


「吉乃姫の言い伝えですか?」

「知らなかったのかい? 長くなるからレストランで話そうか」


 繁郎は二人を連れて三階にあるレストランへ向かった。

 レストランは窓が大きく取られ、明るい雰囲気だった。

 席に着くと、店員が注文を聞きに来て飲み物を頼んだ。

 飲み物が運ばれてきて、一息吐くと、繁郎が話し出す。


「吉乃姫の言い伝えだったね。深江地方に伝わる悲恋の物語だよ。

 落城した際、ともに逃げた家臣の中に、姫と恋仲の侍がいた。途中、はぐれてしまい姫は生き残り、無事に深江までたどり着いて、侍を待ち続けたというお話だね」


 佳乃は身を乗り出す勢いで尋ねる。


「吉乃姫は無事に深江まで辿り着いたんですか?」


 繁郎は「ははっ」と笑った。


「そういう言い伝えが残っているから、姫に近しい誰かはたどり着いたのかもしれないけど、日高稲山は険しい山だからね。女の人、それもお姫様が山を越えるのはいささか無理があると思うけど。諸説あって、そのうちの一つには吉乃姫も日高稲山で命が尽きたというものもある。

 今となっては確かめようのない史実だよ」


 佳乃は残念そうに言う。


「そうですか……」

「吉乃姫の言い伝えなら、深江の……長田さんという方が詳しいよ。わたしもその方から聞いたんだ」


 智春が尋ねる。


「長田のばあちゃん?」

「いや、わたしが聞いたのは、若奥さんからだよ。たしか、大奥さんは入院してらしたはず……」

「長田のばあちゃん、退院して戻っているよ」

「そうかい。大奥さんの方が詳しいと聞いていたからね、わたしも再度訪問しようと思っていたんだ。電話してみようか」


 繁郎は、レストランの外へ電話しに出て行った。

 智春はため息を吐きながら言う。


「長田のばぁちゃん怖いんだよなぁ」


 しばらくして繁郎が戻ってきた。


「今日の午後、お伺いすることになった。君たちも一緒に行くかい?」


 佳乃と智春は頷いた。


「そういえば、名前を聞いていなかったね」


 二人が名乗ると、繁郎が尋ねる。


「成瀬君はもしかして深江寺の?」

「はい、そうです」

「おじいさんも歴史に詳しいだろう。何度かお会いしたことあるよ」


 智春は驚いたように言う。


「下村さん、うちに来たことあるの? 知らなかったなぁ」

「さて、昼ご飯を食べてから出ようか」



 食べ終わると、繁郎が城の裏を案内してくれた。

 城の裏の日高稲山は山を削られたように傾斜が急で、人が登れるようには見えなかった。

 秀久がすっと現れて佳乃に言う。


「さすがにここからは登れません。

 ――あちらに井戸があり、それは隠し通路を隠す張りぼてで、その隠し通路から村へ抜けられます。村の方からは山への往来もあります。獣道ですが」


 佳乃はこっそりと聞き返す。


「女の人の足では大変だと、下村さんは言っていたけど」

「姫は幼き頃よりわしらと山に入って遊んでおりました。褒められたことではなかったですが。山道は慣れておりました」


 繁郎が佳乃と智春を手招きした。

 紐が張られて人が立ち入れないようになっている区域に入っていく。

 智春が繁郎に尋ねる。


「入っていいの?」


 繁郎は、智春を振り返り、答えた。


「わたしと一緒ならね」


 少し行くと、井戸があった。蓋がされており、中を覗き見ることはできない。


「城から日高稲山には人目を盗んで上ることは不可能。――では、どうやって逃げたかという謎だが、恐らくこの井戸に隠された通路を使って逃げたのではないかと言い伝えられている」

「なんと……! 隠し通路がばれておる……」


 秀久が渋い顔で言うので、佳乃は笑いそうになるのを必死に堪えた。


「通路は途中塞がれてしまっていて、正確にはどこに繋がっているのかは分からない。だが、方向的に城下と思われる。日高城の城下からであれば山に入るのは不可能ではない」


 智春は井戸に近づき、よく観察している。


「あまり近づくと危ないよ」


 と、繁郎が注意した。それから続けて言う。


「さて、そろそろ深江に向かおうか」

お読みいただきありがとうございます。

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