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 夜には『日高城の歴史』を読み終え、佳乃が知りたかった落城した経緯について知ることができた。


 当時、この辺りで勢力を強めていた大河原政継(おおがわらまさつぐ)が日高城に攻め入ったのだ。

 理由は、同盟を断ったことだった。

 日高城城主だった遠山勝義は、大河原政継と敵対関係にあった岩倉真道(いわくらしんどう)とすでに同盟を結んでおり、一の姫、春姫を岩倉家へ嫁がせていた。

 大河原政継の申し出を断ったことが原因で、小さな国だった日高は一夜にして攻め滅ぼされたということだった。

 河原政継は、岩倉真道との勢力争いで地理的に重要な拠点でもあった日高の地を手に入れるため、遠山勝義が同盟を断ることを前提で申し出たのではと本の中では推測されていた。


「日高は河原政継に陥れられたのね……」

「まさしくその通りです」


 背後から秀久が言った。


「わぁ!」と佳乃は椅子ごとひっくり返りそうになり、慌てて体制を立て直す。


「秀久さん、急に声かけられたらびっくりするよ!」

「申し訳ござらん。佳乃殿が書物を読むのに集中されておられたので声をかけずにおりました」


 秀久の顔を見て、佳乃は閃いたように言う。


「そうだ、明日、日高城へ行くけど、秀久さんも一緒に行く?」


 すると、秀久の表情が曇った。


「わしも同行したいですが、なにぶん自由の利かない身ですので……」

「自由が利かないってどういうこと?」

「……佳乃殿の目で見たいただいた方が早いかと。一緒に外へ来ていただいてもよろしいですか?」

「いいけど……」


 佳乃は不思議に思いながらも、秀久の頼みを聞くことにした。

 てるよはもう寝ているので、佳乃は静かに家を出た。

 外は、家から漏れる明かりで真っ暗闇ではない。歩く分には問題なかった。

 秀久は、慰霊塔の前で止まって言う。


「佳乃殿はここにいてください」


 秀久は、ひとり敷地の外に向かって歩き出す。

 ほんのりと青白い光を放つ秀久が家の敷地を出てすぐにふっと消えた。


「このように慰霊塔に戻されるのです」


 佳乃は、真横から声をかけられて、飛び上がった。

 動悸がする胸を押さえながら言った。


「突然現れて声をかけられたら驚くって……。

 ――つまりは、慰霊塔から離れられないってこと?」


 秀久はぽりぽりと頭を掻きながら、言い淀むように言う。


「……まぁ、そういうことになります」

「そっかぁ。秀久さんも一緒に行けたら、よかったのに」


 佳乃が残念そうに言ってからはっとした。慌てて言い直す。


「いや、残念なのは秀久さんだよね」


 秀久は顎に手をやり、なにやら考えているような素振りを見せていた。

 どうしたのだろうと、佳乃は思って、秀久のことを伺っていると、秀久がぱんっと頬を叩いた。

 それに佳乃は驚いて一歩下がる。

 秀久は、佳乃と向かい合い、真剣な面持ちで言う。


「佳乃殿を見込んで、ひとつ頼みがございます」


 佳乃は目をぱちくりとさせる。


「ひとつ試してみたいことがあるのです」


 慰霊塔は石の台座に丸みを帯びた石が置かれている。

 秀久は、その丸みを帯びた石の方に手を当てると、ずずっ……と、重い音を立てて、うしろへとずれた。

 石の台座の中央にはへこみがあり、そこには木製の櫛が置かれていた。


「佳乃殿、この櫛を持っていてくださらんか?」


 佳乃は、秀久の言うまま恐る恐る櫛を拾い上げる、櫛には花の模様が彫ってあった。

 その横で秀久は丸みを帯びた石をまた元の場所に戻しながら言う。


「姫様と別れる際に、わしは懐刀を姫様に、姫様からはこの櫛をいただいた。深江で再び会えた暁には、お互いに返すと約束して。

 ――佳乃殿、一緒に来ていただけますか?」


 秀久は、また敷地の外に向かって歩き出す。

 よくわからないまま秀久のあとを佳乃は追った。

 ゆっくりと歩く秀久に追いつき、佳乃は秀久の横に並んで歩く。

 すると、先ほど秀久が消えてしまった辺りを過ぎても、秀久は慰霊塔に戻されなかった。

 秀久は、佳乃の手にある櫛を眺めて言う。


「やはり、わしの魂を縛っているのはこの櫛のようじゃ」

「なら、秀久さんが持っていたら自由に動けるんじゃない?」


 佳乃は、秀久に櫛を差し出す。

 しかし、秀久がどうやっても櫛を拾い上げることができず、ただ佳乃の手を撫でるだけだった。

 秀久は、苦い顔をして言う。


「それが、このようにこの櫛だけはわしはどうしても持てないのです」

「でも、こんな大事なもの、私が持っていていいの?」


 佳乃は不安げに秀久を見上げる。


「佳乃殿なら大切に扱ってくださると思ったので、この秘密を打ち明けました。

 ――わしを日高城へ連れて行ってください」


 秀久は、佳乃の手を櫛ごと握った。

お読みいただきありがとうございます。

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