第9話
本当なら神龍の試練まで行く予定だったのに、アルスくんが勝手に動きまくってしまいました。
俺の名前はアルス=ロート。ついこの前までしがない農夫の息子だったっす。世間じゃ魔王なんて物騒な連中が暴れまわってるらしいっすけど、所詮、ド田舎の農民の俺には無関係な話っす。
ところがある朝、目が覚めると額にドラゴンみたいな紋章が浮かんでいたっす。父ちゃんと母ちゃんに見せると、2人とも目を血走らせたものすごい顔になったっす。
何事か問いただす間もなく、2人に羽交い絞めにされて村長の家に拉致られたっす。冗談抜きで命の危機を感じたっす。
「こ、コレは正しく勇者の紋章じゃ―――ッ!!」
おまけに俺の紋章を見た村長のじいさんが、唾をまき散らしながら俺が勇者と叫んだっす。村長、歳なんすから頭の血管切れるっすよ?
って、俺が勇者ァ!? 嘘っす!! 俺は由緒貧しい農家のガキっすよ!? 父ちゃんも母ちゃんも特別な血筋じゃないっす。俺が勇者なわけないっす。
「勇者に家柄は関係ないのじゃ。七大神龍さまが、その時代の最もふさわしい者に勇者の加護をお与えくださる。全くもって信じられないことではあるが、この村きっての怠け者で碌でなし、遊び人、放蕩者、穀潰しのアルスが、今代の勇者なのじゃ」
村長がものすごく釈然としない様子で、俺の額の紋章を見つめているっす。
っていうか、言い過ぎじゃないっすか村長。そりゃ昔は働かずに生きていける方法を考えて、1日中雲を眺めていたっすけど。今は更生して、しっかりと畑耕すのを手伝っているっすよ。
そりゃ幼馴染であるアンタの孫娘に「働け駄目人間」とピッチフォークを突き付けられて脅され……ゲフンゲフン、説得されて渋々とっすけど。
その幼馴染のピーニャは、さっきから部屋の隅で両手で口を押さえて震えているっす。
「う、嘘よ……。アルスが、勇者なんて、絶対嘘よ……」
ピーニャ、お前もッすか!? そんなに俺が勇者なのが不満っすか? って泣くほどショックッすか!?
「御免。この村から勇者が誕生したと神託が下ったのだが、そこな青年が勇者で相違ないか?」
振り返ると、ピッカピカの鎧を着込んだ騎士様たちが数人、村長の家に入ってきたッす。
「おお、これはこれは。国王の近衛隊の方たちですな。ようこそわが村へ。私が村長です」
村長が揉み手しながら騎士様たちにすり寄っていったっす。村長のあの目つき、前にも見たことがあるっす。行商人のおっちゃんと値切り交渉しているときと同じ、隙あらば骨までしゃぶってやるという毒蛇にも似た目つきっす。
ちなみに行商人のおっちゃんは、大量の商品を原価ギリギリで買いたたかれて半べそかいてたっす。
「では、そこのアルスという青年が勇者で間違いないのだな?」
「はい。間違いございません」
「うむ。では古来よりの仕来たり通りアルスは1か月間、城で預かる。異議はないな」
「もちろんですじゃ。そのような穀潰し、いたところで村の負担にしかなりませぬ。どうぞ煮るなり焼くなり揚げるなり御随意に」
村長がものすごくいい笑顔で下種極まりないことをのたまったっす! っていうか揚げるって。俺、何されちゃうんすか!?
「うむ。それでは行こうか勇者アルスよ」
「え? えっ!? ええっ!? ちょっまっ……」
俺は両脇から騎士たちに抱え上げられ、抵抗するヒマもなく豪華な馬車に放り込まれたっす。父ちゃんも母ちゃんも、何事かと集まっていた野次馬の村人たちもムカつくくらい爽やかな笑顔で俺を見送って行ったっす。
なんか、村八分で人買いに売られた奴隷の気分す……。
そして無情にも馬車は走りだし、村がどんどん小さくなっていったっす。
「アルスーっ!!」
すっごく悲しそうな顔で、最後まで馬車を追っかけていたピーニャの叫び声がやけに俺の耳に残ったっす。
あ、そう言えば、寝起きで村長の家に拉致られて寝巻のままだったっす。
馬車の向かった先は、この国の王都だったっす。田舎者の俺には、馬車の窓から見える景色だけでも見たこともないものや人種が目に飛び込んできたっす。
おのぼりさん丸出しで窓に張り付いていると、馬車は王宮の門をくぐったっす。
「勇者アルスよ、これからお前には国王陛下に謁見してもらう」
俺の向かいに座っていた騎士の1人が唐突にとんでもないことを言ってきたっす。
………はぁっ!? 国王陛下ってアレっすよね。国王陛下のことっすよね!? あれ、同じこと言ってるっす? とにかく王様っすよね? この国で一番エラい人っすよね!?
「そしてお前が本当に今代の勇者なのか調べさせてもらう。あり得ないとは思うが、もしも我々を謀った偽物であったならば、その場で手打ちにする」
騎士がおもむろに剣の鯉口をきったっす。こ、怖いっす! この人眼がマジっす! おしょんしょんチビリそうっす!
「おいおいそう怖がらせるなって。すまんなコイツくそ真面目でよ。昔は王からの褒章目当てに自分で神龍の紋章を描いて勇者を詐称する奴もいてな。勇者が現れたら念のために本物か調べるのが決まりなんだ。まあ一種の通過儀礼だ。それに本人の勘違いってこともあるからな。たまたま似たような痣ができて自分が勇者だと勘違いってこともあったらしいぜ? そういう奴らも死刑にしてたら体裁悪いだろ。だから最悪でも殺されやしないさ」
隣に座っていた騎士がバシバシ肩を叩いて慰めてくれたっす。痛いっす。でもよかったっす。俺が勇者だなんて、絶対何かの間違いっす。だからどうなるかと不安だったっすけど、殺されないと聞いて一安心っす。
「まあ、どんなに悪くても過酷な強制労働10年ってとこだな。だっはははは!」
全然安心できないっす!!
その後、隙を見て逃げ出そうとして騎士たちに捕まるを何度か繰り返して、俺は王さまに謁見することになったっす。あ、当然寝巻は着替えさせられたっすよ。魔術を編みこんだ生地で作られた、これだけで俺の一生分の稼ぎに匹敵するんじゃないかってくらい豪華な服を着させられたっす。破いてしまわないかと恐ろしくて、うまく動けなかったっす。
なんとか玉座の間にたどり着き、這いつくばるように跪いたっす。周りにいる貴族とか騎士たちの視線が突き刺さってきたっす。こういうのを針のムシロって言うんすかね。
うう、腹痛くなってきたっす。
玉座に座る王さまは、髭もじゃでぽっちゃりしていて、物語に出てくる王さまのイメージまんまだったっす。
結論からいえば、俺は本物の勇者だったみたいっす。長老よりもヨボヨボな爺さんがやってきて、妙なメガネをかけて俺を観察してきたっす。脳天からつま先までジロジロと見つめられて居心地悪かったっす。俺も最近、発育の良くなってきたピーニャを視かn……ゲフンゲフン! 見守ることがあるっすけど、これからは控えるようにすると誓ったっす。
「この者は誠の勇者である」
爺さんがそう宣言すると、玉座の間にいた全員から歓声が上がったっす。
「それでは今代の勇者アルスよ、其方の活躍に期待しておるぞ」
「う、うっす! 必ずや魔王を倒してみせるっす」
王さまの言葉に茫然としていた俺はかろうじてそう答えたっす。いやー場の空気ってすごいっすね。
次の日から俺の勇者としての日々が始まったっす。これから1か月かけて剣と魔法の訓練っす。当然すよね。いくら普通の人間よりも早く強くなれる勇者って言ったって、昨日まで剣を握ったこともない農民のガキにいきなり魔王は倒せっこないっす。
ただ、大昔は訓練も無しに餞別として木の棒1本とはした金を持たされて、そのまま放り出されていた時代もあったらしいっす。当時の勇者たちは独学でモンスター相手に死に物狂いで技を磨いていたらしいっす。
俺、その時代に生まれてなくて心底よかったっす。
訓練は厳しかったっす。初日は剣術の教官にボコボコにされ、俺を勇者だと鑑定した魔術師の爺さんには、頭から煙が出るくらい魔術の知識をねじ込まれたッす。初日から村に帰りたくなったっす。けど次の日になると、教官の剣を受け止められるようになって、魔術も初級のものを使えるようになってたっす。
成長の早い勇者でもこれはかなり異例のことらしいっす。どうやら、俺は勇者の才能があったらしいっす。それからは毎日が楽しかったっす。どんどん新しい剣技を覚え、使える魔術が増えていくのは快感だったっす。飯も、村で食ってたクソまずい麦粥の味なんて思い出せなくなるくらいの豪華なものだったっす。勇者、マジ最高っす!!
でも、いまだに俺が勇者だなんてどうにもしっくりこないっす。
「勇者アルスよ、この王国の全ての民、そして全世界の人間の命運は其方の双肩にかかっているのだ」
王さまはことあるごとにそう言ってくるっすけど、世界とか全然ピンとこないっす。ついこの間まで、代々受け継いできたちっぽけな畑を耕して一生を終えるんだろうなって思ってた俺っすからね。そういやそろそろ刈り入れの時期っす。父ちゃんと母ちゃんは今頃畑っすかね? ピーニャはどうしてるかなぁ?
最後に馬車の窓から見えたピーニャの泣き顔を思い出すと、なぜか目頭が熱くなったっす。
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