第7話
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どうしてこうなった……
ほんの遊びのつもりだったんです。こんな大事になるなんて思っても見なかったんです。(涙声)
「よく来たな。若き皇帝よ」
寝座から人族の青年を見下ろし、偉そうにねぎらいの言葉をかけてみたりする。畜生。結局ルナミリアを説得できずに、この無駄に高い寝座から新しい皇帝に話しかけることになってしまった。
見下ろし続けんのって首が疲れてくるな。
「はっ! こ、この度、ゴズマン帝国第24代目皇帝に即位いたします、ハロルド=ゴズマンとも、申します。七大神龍が一角、怠惰のスロウスさまにおかれましては……」
あー、案の定。皇帝くんめっちゃビビってるよ。上から向けられる視線て、無駄に相手を萎縮させるよね。
「堅苦しい挨拶は不要。其方らの国、ゴズマン帝国の初代皇帝は人族ではあったが、我が盟友よ。友の血を引く者に畏まられるのは、なんとも面映ゆいわ」
う~。舌噛みそう。ルナミリアが「神龍としての威厳を保つのにふさわしい喋り方をなさってください」とかうるさいから堅っ苦しいしゃべりしてるが、本当に面倒くさい。もっとフランクでいいじゃないのよ。親しみやすい神龍とかさ、無駄に畏怖されるよりか楽だと思うんだがなぁ。
「はっ! 私の如き矮小な者への配慮、感謝致します!」
「うむ。さてまずは我が寝所へ見事到達したこと、天晴と言っておこう。それもわずか半日余りでだ。これは歴代の皇帝の中でも初代しか成し得なかったこと。23代目の皇帝は良き後継に恵まれたようだな。ゴズマン帝国の未来も、これで安泰というものであろう」
いや実際、大したもんだよ。俺の結界に抗ってこんなに早くここまで到達したんだから。
外敵よけに張った怠け心を促進させる簡単な結界だが、大抵の生物にとっちゃ遅効性の猛毒みたいなもんだからな。
今だってその場に座り込みたくてたまらんだろうに。現に歴代の皇帝の何人かは初見で脱落してるし。
ああ言っとくが、そのそいつらは誰も死なせちゃいない。へたばった連中はすぐにルナミリアに回収させて、丁重に外へ放り出してやっている。自分の家で人死出すなんて面倒の極みだしな。
初見殺しにあった奴らも後日、再チャレンジしてきちんと戴冠の試練をクリアしている。
一度失敗してもめげないあたり、ホントにこの大陸の人間の勤勉さには頭が下がるよ。
「さて人間よ。これで貴様らの戴冠の試練とやらは終わった。最早この場に留まる理由もなかろう。早々に立ち去れ」
今まで静かに俺の傍に控えていたルナミリアが、氷点下の視線を皇帝くんに向けた。
いやいやルナミリアさん。相手は仮にも皇帝だし、はるばるここまで来てくれたお客様よ? 茶菓子を出せとは言わんが、もうちょっと丁寧な接客をね。これで怠惰のスロウスは人間を見下しているとか、風評被害が広まったらどうするの。
「よせルナミリア」
「しかし主さま。ボソボソ(ここは主さまと私の2人だけの場所です。そこに部外者が立ち入るのは我慢できないのです!)」
「お、おう。あーゴホン。まあ、なんだ。この洞窟は人の身には少々辛き場所よ。其の方はこれから数多の民を導く身。余り長居をして害があってもまずかろう。そろそろ戻るが……」
「お待ちください! 私はスロウス様にお尋ねしたいことがあります!」
俺の言葉を遮り、皇帝くんが叫ぶ。はいはいルナミリア、それくらいで殺気立たないんだよ。
「ふむ。我に尋ねたいこととな。なんであろうか?」
あ、ひょっとして内政チート知識よこせとか? 悪いけど俺そっち系の知識は皆無よ? 前世じゃ趣味はゲームと昼寝。得意科目は算数だったんだから。数学じゃないのが肝な。
「スロウスさまの考える、理想の皇帝とはどのような者でしょうか?」
「我の考える理想の皇帝?」
「はい。我が父ガランディアは武勇に恵まれない代わりに、政には比類なき才を見せ帝国の発展に貢献してきました。しかし、息子である私には父ほどの政の才はありません。さりとて武才も、物語に紡がれるような英雄たちの足元にも及びません」
はは~ん。何となく皇帝くんの本当に聞きたいことがわかったよ。いや~若いね~。
「恥を承知で告白します。私は恐ろしいのです。皇帝となることが恐ろしいのです。歩みを止めず、進み続けよ。それが我が国是です。しかし進み続けたその先が、フロストドラゴンの巣穴であったら。私は恐ろしいのです。民を導くべき自分が、誤った方角へと進んでしまわないか。政の才も武の才も乏しい私が、本当に皇帝になる資格があるのでしょうか」
ああ。いたなぁ昔、この皇帝くんと同じようなことを俺に聞いてきた奴が。
「クッ。クハハハハハハハッ!!」
「ス、スロウスさま?」
「ハハハハ。いやいや許せ。かつて其の方と同じようなことを我に尋ねてきた者がいてな。少々愉快になったのだ」
「私と同じことを尋ねた者、ですか?」
「うむ。今から500年ほど昔のことよ。まだ帝国が存在せず、この大陸で大小無数の勢力が覇権を争い戦っていた戦乱の時代だ。我がもとに1人の農民が訪れてな。こう言ってきたのよ。「この戦乱を終わらせて欲しい」とな」
「まったく、身の程しらずとはあの者のためにあるような言葉でしたね。たかが人の身の分際で主さまに要求するなどと」
あ、皇帝くん。ものすごくビックリした顔してる。まあ当然だわな。ただの農民が、俺の結界を突破したっていうんだから。特にその難しさを体験した皇帝くんなら、驚きも倍増だろう。
「当然、我は断った。我ら神龍はこの世界の守護者ではあるが、人の味方というわけではない。人の世で起きた争いは、人の手で収められるべきなのだ」
俺の言葉にルナミリアが、当然だとばかりにうんうんと頷く。
まあ正直な話、これは半分建前だ。俺ら神龍には、人間に味方してはいけませんなんて明確なルールはない。ただ気安く人間の味方をしてしまうと、その後も似たような事態が起きたとき、また助力を請われて人の社会に悪影響が出てしまう可能性がある。そしたら面倒なことになるかもしれない。
厄介の芽が生まれる可能性があるなら、最初から種は蒔かない。それがこの世界で誰よりも、なによりも長い時を生きてきた俺たち神龍の暗黙の了解だ。
「代わりに、我は言ってやったのだ。ならば、お前がこの大陸を収めて戦乱を終わらせてしまえばいいと」
「なっ!? 農民が大陸の支配者にですか!?」
前世の日本でも、農民の豊臣秀吉が関白になった例もあるし、どんな由緒正しい血筋も元をたどればその他大勢のなかの1人に行き着く。そう驚く程の話じゃないさ。
「農民は心底驚いていたわ。ちょうど今の其の方のようにな。自分のようなものが、大陸を収められるのか、とな」
皇帝くんがハッとした顔でこっちを見上げた。なかなか察しがいいね。
「農民にして初めて我が寝所に至った盟友、初代ゴズマン帝国皇帝オーランド=ゴズマンに送った言葉を其の方にも送ろう。汝に皇帝となる資格があるか。答えは是である。なぜなら、汝は強大な魔獣すら侵入を厭う我が寝所に到達したからである。歩みを止めず、進み続ける。それをなし得るものが我が思う理想の皇帝よ」
実際、俺には無理だもんね。延々歩き続けるとか勘弁だわ。10歩目あたりで座り込むね。
「スロウスさま……」
「ハロルド=ゴズマンよ。間違わぬものなど、この世には存在せぬ」
俺もこの間、マナストリーム掃除するときミスってえらい目に遭ってるかんな。神龍だって間違えるんだ。人間が間違いをおかさない完璧な存在だったら、俺らの立つ瀬がない。
「ならばこそ、周りの声に耳を傾け、常に己に問いかけよ。進む先は間違ってはいないかとな。そして間違っているとわかったなら即座に向きを変え、また歩き続ければよい」
あ、俺いま良いこと言った。
「……は、い。はい!」
あー皇帝くん感涙しちゃったよ。
「神龍スロウスよ。若輩にして非才である我が身なれど、全霊を持って民を導いて見せましょう!」
おーおー、いいねいいね。青春だねー。
「うむ。ならば行くがいい24代目皇帝ハロルド=ゴズマンよ。帰るまでが試練だぞ」
「はっ!!」
皇帝くんが自信に満ち溢れた顔で、踵を返し出て行った。
「……ルナミリアよ。もうよいか?」
「はい。主さま」
「うむ。だ――――っ。つっかれたぁ~」
ずっと持ち上げっぱなしだった首を下ろし、体全体を寝床に投げ出す。
なれない言葉遣いで顎と舌が筋肉痛になりそうだわ。何度か口を開け閉めして、かみ合わせを調整する。
人の社会に無闇矢鱈に干渉すると、後でどんな面倒が起きるかわからないから500年前もオーランドの奴のお願いも適当にそれっぽいこと言って断ったが、まさか本当に皇帝になるとはなぁ。
俺の結界を突破してくる奴だ。素質はあった。人生を掛ければ小国の王くらいにはなれるだろうとふんでいた。アイツの代じゃ無理でも、ひ孫か玄孫くらいの頃には大陸を統一できるだろうと思っていたが、まさかあいつ自身が成し遂げるとは予想だにしなかった。おまけに、自分が皇帝になれたのは神龍に謁見し、器を認められたからだとか言って、戴冠の度に試練とかいって俺のとこに来るようになってしまったのは完全に誤算だった。おかげで毎度毎度、堅苦しい言葉遣いを強要されて疲労困憊だ。
こんなことなら素直に手を貸しておけば良かったかなと、思わないでもない。
「下等な人間のお相手、お疲れ様でした主さま」
「ういー」
ルナミリアの労いに、軽く翼を振って答える。もう人間の扱いに突っ込む気力も起きんわ。
「しかし、やはり主さまと私の聖域を人間に犯されるのは不快ですね。ですが、その度にいつもとは一味違う凛々しい主さまを見ることができる至福を味わえる。コレは何ともジレンマですね」
ルナミリアはいつもどおり平常運転でしたとさ。
「ただいま戻りました。皇帝、いえ先皇陛下」
「うむ。よくぞ戻ったなハロルドよ」
ガランディアは、わずか1日足らずで試練から戻ってきた息子に内心驚きながらも、長年の公務で培ってきた鉄面皮を駆使し、動揺を巧みに隠した。
「その様子では、無事にスロウスさまに謁見できたようだな」
「はい。素晴らしい助言もいただきました」
「スロウスさまからの助言とな。してそれは一体?」
「皇帝にふさわしいものは、歩みを止めず、進み続けるものだということです」
ハロルドの言葉にガランディアはやや首をかしげたが、試練に挑む前と今とでは息子の顔つきが違っていることに気づき、満足げに頷いた。
「そうであるか。ならばハロルド、いや24代目皇帝よ。そなたの最初の仕事が待っておるぞ」
ガランディアが指し示す先には、100人の近衛兵が雪原に跪きハロルドの、新たな皇帝の言葉を待ち構えていた。
「……」
その光景に、ハロルドは己がこれから背負うべきものの見る。帝国は巨大だ。帝都に暮らす民だけでも数十万人はくだらない。そして、このアスラッド大陸にはその何倍もの人々が生きている。
彼らの命運を背負っていくのだと考えると、足がすくみそうになる。
(ひるむな)
ハロルドは気圧されそうになる自分を鼓舞し、1歩前に出る。
「わたし、いや……。余がゴズマン帝国第24代目皇帝、ハロルド=ゴズマンである! 余は今ここに宣言する。決して歩みを止めず、進み続けると! そして我が家臣たちよ。余の力となり、共に民を導いていこうぞ!」
『皇帝陛下の御意のままに!!』
雪原に近衛兵たちの声が響き渡った。
その日、ゴズマン帝国に新たな皇帝が誕生した。皇帝は家臣の提言を真摯に受け止め、己の政策に間違いがないかを慎重に判断したという。
アスラッド人特有の勤勉さも相まって、新たな皇帝は帝国をより発展させていった。
「あ、父上。これ、拾っておきましたよ」
「おおすまんな。やれやれ。これでようやっと宰相の小言から解放されるわ」
時を同じくして、長らく行方不明となっていた宝剣がいつの間にか宝物庫に戻っていたことも、ついでに明記しておく。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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