第5話
主人公の外見のイメージはFF7の召喚獣「バハムート零」です
地獄の様なマナストリーム暴走の後処理を終え、当時の激務を悪夢に見ながら「終わらないよ~サビ残やだよ~」と、うなされていたある日、その一団はやってきた。
「主さま。人間の集団がこの山に近付いてきています」
「ああ、分かってる」
そういや、そろそろあの時期だったか。
「まったく。人間の分際で主さまを試練に使おうなど、たとえ皇族といえどなんて身の程知らずな」
ルナミリアの端整な顔が不快にゆがむ。コイツは最高位の精霊だからか、人間を下に見る傾向にある。元人間の俺からするとちょっと複雑な気分だよ。
「まあそう言うな。ちょうど夢見が悪かったところだし、いい気分転換になるさ」
「はあ。主さまがそうおっしゃるのであれば」
「まぁ、せいぜいのんびりと待たせてもらおうぜ。ああルナミリア。わかってると思うが、途中で脱落したらちゃんとケアしてやってくれよ」
「かしこまりました。主さま」
さてさて。今回も無事ここまでたどり着けるかな。新しき皇帝よ。
あ、そうだ。待ってる間にこの上り下りが面倒な寝床を改造しておくかな。
「ここが神龍の祠ですか父上、いえ皇帝陛下」
アスラッド大陸統一国家、ゴズマン帝国。その第一皇太子ハロルド=ゴズマンは、自分の眼前に正しく龍が大口を開けるがごとく神山の麓に開いた巨大な祠を見据えつぶやいた。
「然り。分かっておるなハロルド。この祠の奥に座しておられる七大神龍が一頭、怠惰のスロウスさまに謁見し、無事に戻ってくる。それが我がゴズマン帝国に代々伝わる戴冠の試練よ」
23代目ゴズマン帝国皇帝ガランディア=ゴズマンは、豊かな顎鬚を撫で付けながら若かりしかつての己を思い起こしていた。
世界の長たる神龍の一角に拝謁することに不安と興奮をたたえ、万年凍土の大地にあって体を熱くする息子と全く同じ顔をしていただろう己を。
「それでは皇帝陛下、行ってまいります」
「待て待て。そう焦るな。まずは剣を置いてゆけ」
意気込んでいたところに水を刺され、ハロルドは気を悪くする。しかし、確かに自分よりもはるかに上位のものに謁見するのに帯剣したままというのは体裁が悪い。
いかに自分が世界有数の大国の皇太子とはいえ、これから会う相手は神龍。世界の守護者だ。彼らの前では皇太子も路傍に座り込む乞食も差はないだろう。
そんなことも気づかないとは、どうやら自分は冷静さを失っていたようだ。ハロルドは赤面しつつ、護衛の近衛騎士団の一人に剣を渡した。
「うむうむ。剣などこの先ではただの重りでしかないからな」
感慨深げに何度も頷く皇帝に、ハロルドは首をかしげる。父親の態度は、まるでかつての失敗を思い返し苦笑しているように見えたからだ。
「さてハロルドよ。儂はこの先に待つ試練について多くを語ることはできん。が、少々助言をくれてやろう」
「助言、ですか?」
「うむ。この祠の先に待つ試練。それはお前にとって最も倒し難き強敵じゃ」
「強敵……。まさか、強大な魔獣が待ち受けているのですか!?」
ハロルドは顔を青くし、兵に預けた剣を惜しんだ。
しかし、考えてみれば当然のことだ。不遜な考えではあるが神龍に謁見する、ただそれだけでゴズマン帝国の皇帝になれようはずもない。これは戴冠の試練なのだから。
「たわけ。神龍さまの加護に満たされたこの神山に、そのような不埒なものがおるものか。強大な魔獣どころかスライム1匹すらおらぬよ」
皇帝の言葉に、ハロルドは安堵した。皇族の嗜みとして一通りの武術は学んでいるし、魔術に関してもハロルドは人並み以上の才能に恵まれていた。
しかし、それはあくまでも凡庸の粋を僅かに超える程度でしかない。どう足掻いたところでハロルドには、物語で紡がれる英雄のような武勇は望むべくもないのだ。
「大体、試練の内容がそのようなものであったなら、儂は今ごろ冥府の住人よ。自慢ではないが、儂の武才の無さは帝国史上最高と言っても過言ではない。入りたての新兵にすら負ける自信があるわ!」
豪快に笑いながら情けないことをのたまう父親に、ハロルドは思わず脱力しそうになる。確かに自分の父に武才がないのは純然たる事実だが、それを堂々と宣言するのは皇帝としての体裁が悪すぎるのではないだろうか。
しかし、武才に恵まれない代わりに政治的能力には天賦の才を見せ、帝国の発展に邁進してきた父をハロルドは心の底から尊敬している。
だからこそハロルドは父の助言に真摯に耳を傾ける。
「では皇帝陛下。私にとって最も倒し難き強敵とは?」
「うむ。それはな、お前自身だハロルドよ」
「私自身、ですか?」
ハロルドは首をかしげる。やはりこの祠には相手の姿を模倣して惑わす魔物、ドッペルゲンガーでも潜んでいるのではなかろうかと訝しむ。
「ハロルドよ。皇族の、この国の心得を覚えておるか?」
混乱するハロルドに、皇帝は問いかける。
「もちろんです。それは、『歩みを止めず、進み続けよ』です」
国土の大半が雪と氷で覆われた過酷なアスラッド大陸では、毎日が生き残るための戦いだ。努力を怠った者、歩みを止めた者から脱落していく。
寒さを凌ぐための薪を集めるのを怠けた者は凍え死ぬ。腹を満たすための狩りをおこたった者は飢えて死ぬ。ゆえにアスラッド大陸では勤勉こそが美徳とされる。それは皇族であっても、否、民を導く皇族だからこそ誰よりも勤勉であれと教えられ育つのだ。
そして代々の皇帝は、ただ1人の例外もなくアスラッド人の模範とも言うべき勤勉さを体現してみせた。その勤勉さがあってこそ、世界一の魔導科学大国と謳われる今日のゴズマン帝国の繁栄があるのだ。
「ならば良い。戴冠の試練の内容、そして答えは全てその心得に濃縮されておる。祠に入れば神竜様の寝所までは一本道。迷うことはない。歩みを止めず進み続けよ。よいな」
まるで謎かけのような皇帝の物言いに、ハロルドは困惑するばかりであった。しかし、尊敬する父が今まで間違ったことを言ったことはない。
「はい、父上!」
だからこそハロルドは力強く頷いた。
「うむ。ならば行け。息子よ」
父の言葉に後押しされ、ハロルドは迷いなく祠の中へと進んでいった。
「行ったか」
ポツリとつぶやくガランディア皇帝の顔には、隠しきれない煩慮がにじみ出ていた。
「陛下、ご心配めさるな。皇子殿下は強い方です。きっとこの試練も無事に成し遂げられましょう」
振り返ると、幼き頃より苦楽を共にし、互の伴侶よりも付き合いの長くなった近衛隊長が立っていた。
「そんなことは分かっておる。儂が危惧しているのはそこではないわ」
「はて? すると陛下は何を心配しておられるので?」
「それはだな、あ~……」
皇帝にしては珍しく言いよどむその態度に、近衛隊長は首をかしげた。
「ええい何でもないわ! そんなことよりもさっさと野営の支度をせい。この祠に入ったが最後、どんなに早くとも丸一日は戻っては来られぬのだからな。雪空のなか野ざらしで待たされるのは御免こうむる」
皇帝に急き立てられ、隊長は慌てて野営の準備をしている部下に指示を飛ばし始めた。
(神龍スロウスよ、願わくば若き獅子が貴方様の御眼鏡に適わんことを)
それを横目に見ながらガランディアは息子の無事を神龍に願う。
(そしてハロルドよ。できればアレをもって帰ってきてくれ。割とマジで)
ついでに息子に、少々個人的な願いも託していたりする。
「だからよルナミリア、この寝床だと上り下りが面倒なんだよ。大体二段ベッドでもないのにこんな高さはいらないわけ。低く作り直すぞ」
「なりません! 強者は常に高所より弱者を睥睨するものです。それに、主さまが一番格好よく見えるのは、斜め下方37度で見下ろす体勢です。寝所を低くしてしまってはポーズが崩れてしまいます。ちなみにその際、翼の角度は1対目が84度、2対目が55度、3対目が31度。そして足の配置は……」
「知るかんなもん! っていうか細かすぎるわ! 有名雑誌の読者モデルか俺は!」
「どく……? とにかく寝所を作りなおすなど私は反対です!」
「寝床に上がるのにイチイチ難儀してたら本末転倒だろうが!」
「だからと言って……!」
皇太子が挑む試練の祠の奥では、実に平和な時間が流れていたのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
ある程度キリのいいところまでは構想はできているので、毎日行進ができるよう頑張れたらいいのになぁ~(遠い目
誤字脱字、設定の矛盾などありましたらご指摘いただければ幸いです。