第3話
おっす! オラ、怠惰のスロウス。元高校生で異世界ガイアに転生した七大神龍の一匹だ。
まあ神龍なんて言ったって、別に神様みたいになんでもかんでもできるわけじゃない。
世界を創造することもできなければ、恋愛成就や合格祈願のご利益を授けることだってできない。
俺を始めとする七大神龍の役目は、本物の神様が造ったこのガイアを守護すること。俺たちは言うなれば中間管理職ってわけだ。
もっとも、上役であるはずの神様には出会ったことはない。ただガイアに転生した瞬間に、この世界を守護することが使命なのだと本能的に悟った。
それから数億年、俺たち七大神龍は24時間365日ず~っと休日なしでガイアを守り続けている。なんというブラック企業。なんという社畜。
もし社長に会うことがあったら勤務環境改善を直談判してやる。
え? 年単位で爆睡していたじゃないかって?
バカ言っちゃいけない。連続勤務年数が5億年以上だぞ。それに比べりゃ数年の睡眠なんぞ昼休みにちょっと昼寝するようなもんだ。
閑話休題
短い休みも終わったことだし、お仕事するとしますか。面倒だけどなぁ。
さて。ガイアには大きく分けて6つの大陸が存在する。
俺たち七大神龍はそれぞれ別々の大陸に住みつき、各大陸を守護している。
俺が担当するアスラッド大陸はこの世界の北側に位置し、地表の大部分が雪と氷におおわれている。鉱物資源が豊富で鉱山や炭鉱が無数に点在しているのが特徴だ。
「ほんでルナミリア。ここ20年でアスラッド大陸に何か異変は起きたか?」
「はい主さま。アスラッド大陸のマナ密度は、ここ100年は安定しています。人間達による魔法実験の影響で多少の変動はありましたが、全て許容範囲でした。世界に危機をもたらすような禁術の誕生はないと思われます。大陸の南東部でスノウトロールが大量発生した様子ですが、帝国軍の討伐部隊に殲滅されたようです。被害は2つの村と3つの集落の壊滅にとどまったようです。それと世界各国の魔王の動向ですが……」
嗚呼~。この手の小難しい話って高性能な子守唄だよな。ルナミリアの小ぶりな口から言葉が飛び出すごとに目蓋が重くなっていき……
「zzzz」
「……主さま?」
「はいっ!? 起きてます! 起きてますよ!」
「本当ですか? ご報告、きちんと聞いていただけましたか?」
「お、おう。もちろん聞いていましたとも。ホラ、あれだろ。今日も世界は平穏でしたってことだろ? 全て世はこともなかったんだろ?」
多少物騒な報告も上がっていたが、この手の騒動は魔物が実在するガイア史上では特に珍しくもない。むしろ日常茶飯事。
ガイアは本日も平常運転でモンスター渦巻くRPG街道爆進中。
だからこの世界は『平和』ではなく『平穏』なのだ。
「概ねそのとおりですが、少々気になることが一点あります。マナストリームの流れの一部分が停滞しかかっています」
「げっ。マジかよ」
「マジでございます」
「場所は?」
「アスラッド大陸の南東部の山あいです」
「もう吹き出してんの?」
「マナ噴火は確認されておりません。ですがスノウトロールが同じ場所で異常発生していることから、地表部分に多少のマナが漏れ出しているものと予想されます」
ですよね~。スノウトロールの異常発生って辺りから雲行きが怪しいと思ってたんよ。
マナとはこの世界の至る所に満ちている最も純粋な魔力の粒子だ。
マナがあるおかげで人間は魔法を使うことができるし、物理法則を無視したような進化を遂げた魔物が存在する。
地面の下には、俺たちがマナストリームと呼ぶ地下水の地脈のように流れる、途方もない量のマナが存在する。世界に満ちるマナは、このマナストリームから徐々に滲みだしたものだ。
だがごく稀に、このマナストリームが何らかの理由で詰まることがある。流れを阻害されたマナは行き場を失い、やがて火山噴火のように地表へ一気に噴き出す。
通常なら大地に恵みをもたらす良薬のマナだが、密度が過剰になると一転して猛毒となる。
植物は異常生長し、やがては人を襲う植物型モンスターのプラントが形成される。野生モンスターはそこら中で乱痴騒ぎを起こしてベビーラッシュが起こる。高濃度のマナは人体には悪影響で、マナ酔いを起こして大量の死亡者が出る。その他諸々。
要するに面倒くさいことのオンパレードってわけだ。
だからマナストリームに異常が発生したら、それを解決するのが俺ら神龍の仕事なわけだが……。
働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!!
「い、いやでもさ、地表にちょっとにじみ出ただけだろ。初期段階じゃん? まだ神龍の出番には早いと思うわけよ」
「以前にマナ噴火が起こった時はその鎮静化と事後処理に追われ、今後は早めの対処が重要と疲労困憊なされた主さまは仰っていましたが?」
「うっ……。ほらあれだ。神龍が気安く姿を見せたら、人間達にいらぬ混乱が起きるかも」
「夜の帳はすでに下りております。雲上を飛べば、闇夜を見通す眼を持たぬ人間に主さまのお姿を捉えることは不可能かと」
上を見上げると、天井にぽっかりと空いた穴から月の光が差し込んでいる。
ちなみに俺が住みかにしているこの洞窟、実は死火山だ。そう言えば日本では死火山という言葉はもう廃止されているんだっけ?
数万年前いいネグラはないかブラブラしていた時、両親と無理やり登らされた富士山に形と雰囲気が似ていたこの山が気に入ってここを住みかにした。
神龍のチート能力全開で地下のマグマをきれいに取り除くという、匠も真っ青な劇的なリフォームを施した。すると、なんということでしょう。生物が近づけば一瞬で焼け死ぬほど居住性の悪かった火山洞が、今では神龍の巨体がのびのびと寛げる憩いのネグラへと早変わり。天井には噴火口をそのまま生かした天窓もついて、岩肌に露出した魔石の淡い照明と相まって、洞窟とは思えないほどの神々しさを放っています。噴火口は雲よりも高い高度にあるため、雨風が入ってくる心配もありません。
……はいはい。現実逃避したところで事態は好転しませんよね。
「はぁ~……っ。しゃあない、お仕事してきますか」
このままほったらかして被害が拡大したら、それこそ後処理がものすごく面倒だ。
どうせこの世は、面倒かものすごく面倒かの二種類しかない。だったら面倒の方を選ぶっきゃないでしょ。
覚悟を決め、6枚3対の翼を羽ばたかせて巨大な岩を加工した寝床から舞い上がる。
「ルナミリア、留守を頼むぜ」
「はい。お気を付けて主さま」
羽ばたきの突風で乱れる黒髪を抑えつつ会釈するルナミリアに見送られながら急上昇、噴火口から月が照らす夜空へと飛び出した。
「え~っと、南東南東っと。あっちか」
月明かりに照らされた雪原のように真っ白な雲海を睥睨しつつ、南東へと進路を取る。確かに僅かだがマナが乱れている場所があるな。
「速攻でかたして、またすぐに惰眠を貪ってやるからな!」
高らかに宣言し、俺は南東目指して一直線に飛んだ。
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