第11話
ネタのつもりだった「勇者アルスの大冒険」が予想以上の反響でびっくりしました。今後、読者の皆さまを混乱させるような軽はずみな発言はひかえます。
ピーニャに痛烈、もとい情熱な愛の告白を受けたあくる朝、俺は村の皆に見送られながら魔王討伐に旅立ったっす。
いくら魔王を倒すためとはいえ、世界中を回って他国を行き来するっす。政治的な問題で城の騎士や兵士は一緒には行けないっす。国によっては、冒険者ギルドとかで仲間を募ることもあるらしいっすけど、うちの国は冒険者ギルドがあんまり広まってないっすからね。そんなわけで、俺の魔王討伐の旅は1人で始まったっす。
いやー。1人旅は大変だったっす。修行でモンスターと戦う時は基本1対1だったっすけど、実戦じゃ多勢に無勢なんて当たり前だったし、野宿する時は野良モンスターの襲撃におびえて全然眠れなかったっす。
でも、旅を続けていくうちに仲間も増えていったっす。
武者修行をしていた旅の戦士ブロード。路銀が尽きたとかで、街道の途中で武術経験者なら誰かれ構わず勝負を仕掛けて負けた相手から有り金を巻き上げていたブロードを、近くの村から迷惑してるから退治してくれと頼まれたのが彼との出会いだったっす。
俺にも勝負を挑んできたブロードを叩きのめして、俺が勇者だと明かすと、魔王を倒すのは最高の修行になるとか言って強引についてきたっす。筋金入りの変態っすね。
無口無表情の天才魔法少女ポーラ。魔術都市で有名なトルメキア皇国の魔術学院きっての天才と謳われたすごい子っす。でも変わり者としても有名で、ここ1年は研究のためにずっと寮の自室に引きこもってたっす。強い魔術師がほしかった俺達は彼女に協力を依頼したっす。ポーラは研究の材料を集めてくることを条件に仲間になってくれたっす。
いやー苦労したっす。聞いたこともないような珍しい薬草から、強力なモンスターの内臓まで、どれも一筋縄じゃいかないような材料を必死にかき集め、ポーラを仲間にすることができたっす。ちなみにポーラの研究は、ボン! キュッ! ボン! になれる魔法っす。え? 実験は成功したかっすか? ポーラは「失敗は成功の継母。ドロドロの家庭不和」とか言ってたっす。
血まみれの神官ゴーラム。めちゃくちゃ人相の悪い神官のおっちゃんっすけど、実は気立てのいい親切な人っす。1人でも沢山の人を助けたいって戦場を渡り歩いて、けが人を片っ端から治癒したり、村を襲っているモンスターを錫杖で撲殺したりしていたっす。けど、ゴーラムさんの法衣は、けが人の治療の時に着いた血や、モンスターの返り血でいつも真っ赤に染まってるっす。人相の悪さも相まって、よく誤解されていたっす。俺達も初めてゴーラムさんに会った時は、ちょうど村を襲っていたモンスターを撃退したところだったっす。返り血で法衣どころか顔まで真っ赤に染まったゴーラムさんは、史上最悪の極悪人かと思ったっす。魔王を退治すれば沢山の人が助かるって、すんなり仲間になってくれたっす。
こうして俺は、仲間たちと一緒に魔王討伐の旅をつづけたっす。最初はいがみ合うことも多かったすけど、何度も死線を乗り越えてパーティの結束も高まってきてるっす。待っててくれっすピーニャ! 俺はこの頼もしい仲間たちと共に全ての魔王を退治して、お前と結婚するッす!! はいポーラさん、死亡フラグとか言うのマジやめてくださいっす。
そんなこんなで俺達は、神龍の試練を受けるためにアスラッド大陸にやってきたっす。
神龍の試練は、勇者の能力を高めるため神龍さまのところに行って何かしらの試練に挑むっす。
最初の頃の勇者には神龍の試練はなかったそうっす。けど、数千年も続く侵略で、攻めてくる魔王も徐々に強くなっていったっす。そして始めに与えられる加護だけでは、勇者はだんだん魔王に勝てなくなっていったそうっす。
そこで神龍さまは、勇者をより強くするためにこの神龍の試練を行うようになったっす。
なら最初からもっと強い加護を与えればいいじゃないっすかと思ったっす。けど、新たに与えられる神龍の加護は強力すぎて、未熟な勇者の身体じゃ耐えられないそうっす。だから勇者は旅をして、モンスターや魔王の配下を倒して腕を上げて、そして神龍の試練で神龍さまに認められて初めて新しい加護が貰えるようになるっす。
そして俺は、最初の神龍の試練として、怠惰のスロウスの試練を選んだっす。理由っすか? だって「怠惰」っすよ? なんか怠けて手ぇ抜いてくれそうな気がしないっすか?
怠惰のスロウスがいる神山は、普段はゴズマン帝国の皇帝が戴冠の試練に挑むとき以外は立ち入り禁止らしいっすが、勇者が神龍の試練に挑むときは特別に入れてもらえるそうっす。それにしても皇帝も試練とかあるんすね。
最近即位したハロルド皇帝に直接案内してもらって、俺たちは神龍の住む神山へとやって来たっす。神山にはドラゴンが大口を開けたような祠があったっす。この先に怠惰のスロウスがいるんすね。
「この祠の中は、入ったもの全てを怠けさせる神龍様の結界が張られている。しかし伝説に伝え聞くところ、神龍の加護を受けた勇者とその仲間たちならば、怠惰の結界にも影響されないということだ」
へー。なんだかよく分かんないっすけど、危険が減るのはいいことっすよね。それにしても、入ったものを怠けさせる結界って、なんかバカっぽいっすね。思わず口にしたら、仲間たちにド突かれたっす。やべっ。皇帝陛下の前で無礼だったっすかね?
「まあ、何も知らなければそう思うのも無理はあるまい」
おお、なんて懐の深い人っす。皇帝陛下は俺の失言を、笑って流してくれたっす。
「それでは勇者よ、そしてその仲間たちよ。行くがよい。神龍の試練は戴冠の試練に勝るとも劣らない難事と聞く。無事に神龍の試練を突破できることを祈っておるぞ」
「ういっす!」
皇帝陛下と護衛の近衛兵たちに見送られて、俺たちは祠へと足を踏み入れたっす。
「……長いっすね」
「長ぇな」
「長い」
「長いですね」
祠に入ってしばらくして、俺たち全員そろってつぶやいたっす。長いっす! この洞窟、長すぎっす! もう何時間も歩きどうしで疲れたっす。肉体的にじゃなく精神的にっす。
「ゴズマン帝国の皇帝ってのは、みんなこのクソ長い洞窟を歩きぬかなきゃなんねえのかよ。たまんねぇな」
うんざり顔でブロードがため息をついたっす。修行好きのブロードっすけど、それでも何時間も日の当たらない洞窟を歩き続けるのはしんどいみたいっすね。
「アスラッド大陸の人間は、勤勉で有名ですからね。その代表である皇帝ですから、誰よりも勤勉さを求められるのでしょう。このどこまでも続く洞窟は、歩みを止めず、進み続けよという国是を体現しているようですね」
ゴーラムさんが訳知り顔でうんうんと頷いているっす。それにしても、この薄暗い洞窟の中、松明のあかりで浮かび上がるゴーラムさんの悪人顔は、迫力マシマシっすね。
「大気のマナ、すごい。これが、神龍の結界」
いつも無口で無表情のポーラが、珍しく目を輝かせているっす。ポーラは研究者肌だから、未知の魔術とか見るとすごくテンションが上がるっす。
「神龍の結界って具体的にはどんな感じなんすか? 皇帝陛下は、怠け者になる結界とか言ってたっすけど」
「……例えるなら遅効性の致死毒。ただの人間がこの場に長くとどまると、指を動かすことすら面倒に感じ始める。そして、脳は思考することを怠け、心臓は鼓動を刻むのを厭うようになる。やがて意識は混濁し、そして緩やかに死に向かう」
「………マジかよ」
豪胆なはずのブロードが、冷や汗を流して呻くようにつぶやいたっす。
「さすがは怠惰の神龍、といったところですな。まさか生物の生存すら怠けさせるとは」
ゴーラムさんも悪人顔を青くしてるっす。あの、俺とほとんど年の変わらない皇帝陛下は、こんな猛毒の充満した洞窟をどうやって歩き抜いたんすかね。
「結界の魔力の浸透力はそこまでじゃないから、強い精神力があればレジストは可能」
「要するに気合ってことっすか。じゃあ俺たちも気合を入れて、神龍の試練に挑むっすよ」
気合も新たに、俺たちは洞窟を歩き続け、ついに神龍の住処へとたどり着いたっす。
そこで俺たちを待ち受けていたのは、絶世の美女に傅かれた、1匹の巨大な黒龍だったっす。あれが七大神龍の一角、怠惰のスロウス、そしてその僕の元素の大精霊ルナミリア=マクスウェルっすか。
やばいっす。どっちも今まで戦ってきたモンスターや魔王の配下が、へみたいに霞んでしまうほどの絶対的強者っす。対峙しているだけで足が震えるっす。
後ろにいる3人も、俺と似たりよったりでビビりまくってるっす。けど、気遣う余裕はないっす。俺は震える脚に渇を入れ、一歩前に見だしたっす。
「勇者アルス=ロート! 神龍の試練に挑みに来たっす!」
勇者は度胸っす。大声あげて恐怖を吹き飛ばすっす! それに相手は怠惰の神龍っす。きっと怠け心優先で、試練も楽に違いないっす。違いないんす。絶対そうっす!
「よくぞ来たな今代の勇者よ。其方の力、試させてもらうぞ」
巨大な黒龍が、威嚇するように牙をむき出したっす。うわーん! 酷いっす詐欺っすペテンす! どこが怠惰なんすか! やる気満々じゃないっすか!
けど、もう試練は始まっちまったっす。いまさら後には引けないっす。俺と仲間たちはそれぞれの武器を構えたっす。とりあえず作戦は『命を大事に』っす。
待ってるっすよピーニャ! 俺、この旅が終わったらピーニャと結婚するっす!
スロウスside
あ~、今回も来ちゃったよ勇者。さっきまで良い感じでうたた寝してたのになぁ~。
なんで俺は勇者システムなんて提案しちまったのかなぁ。そんなん決まってる。世界のバランスを保つため。うまくすれば人間と魔族との和平のためだ。
魔王だの魔界だのダークサイドに見られているが、地下の住人も等しくこの世界で生きる命だ。ちょいとヤンチャが過ぎるのと、マナストリームにオイタするのに目をつぶれば、それなりに面白い連中なんだよねぇ。
問題は、そのトップが馬鹿みたいに過激派だってことだ。地下の資源が乏しいって言ったって、その大半は食料だ。地底にある魔界は農業には圧倒的に不向きだし、なにより魔族に農業のノウハウがない。が、代わりに魔界には豊富な魔石という特産物がある。マナストリームに隣接しているから、地域によっては道端に落ちてる小石が魔石なんて場所もある。こいつで地上と貿易を行えば、魔界の食糧事情はどうとでもなるだろうに。事実、魔界には地上との和平を考える穏健派も生まれてきている。「プルプル。ぼく、悪い魔族じゃないよ」ってな感じだ。
そこに来て勇者が大魔王を倒せば、穏健派の派閥が台頭して一気に和平ムードに。なーんて、なってくれたらいいんだけどなー。
そのためには、俺ら神龍が大魔王を倒してはダメだ。神龍が大魔王を倒したから、魔族はこの世界における害悪だ、なんて風潮が生まれるのはよろしくない。俺らはこの世界全てを守護する存在だが、逆に言えばどの種族の敵でも味方でもないんだからな。
大体、人種に獣人、エルフやドワーフを始めとする妖精種など多種多様な種族が生きるファンタジーな世界で、魔族を仲間はずれにするのは勿体ねーじゃん。
基本スペックが違いすぎて、地上が侵略されるのが目に見えていたから勇者システムでサポートはしたが、俺ら神龍が倒してもらいたいのはあくまでも大魔王を筆頭とする過激派の魔族のみ。穏健派やその他大勢とは、仲良くやっていってほしいわけよ。
まあ今まで血みどろの戦いを繰り広げていた相手同士。すぐに手と手を取り合って仲良くなんてのは無理だろう。だが逆に言えば時間さえ掛ければ夢物語じゃない。時間が解決できない問題なんてそうあるもんじゃない。
地球でだって世界を二分した大戦争が起きたが、その頃の遺恨をいつまでも引きずっている連中なんてほとんどいないだろ。
事実、ガイアでだって今までの長い歴史で似たような種族間抗争は起きていた。
不老長寿ゆえに自身を至高の種族とし、他種族を支配しようとしたエルフ。かつては文明的に他種族に劣っていたため、隷属させられていた獣人。
しかし、今では種族の違いによる差別などごく一部の阿呆どもを除いて世界から消え去っている。他種族間の婚姻だって珍しくない。
「大昔は人間と魔族は戦争をしていたんだよ」「へー怖いね。僕たち今の時代に生まれてよかったね」な~んて談話が人間と魔族との間で行われる未来を期待しているわけですよ、俺ら神龍は。
さてさて。そんなハッピーな未来のために、面倒だけどお仕事しますか。
俺は寝座から勇者たちを見下ろす。おーおービビっちゃってまー。
まあこんなでかい黒龍に睨まれりゃ、さもありなんか。どれ、久しぶりに姿を変えますか。
俺は寝床から飛び降りる、と同時に身にまとっていたマナをはがしていく。
俺たちは神龍などと呼称されているが、厳密には龍じゃない。高校生の一郎という前世を持つ俺の意識というコアに、膨大なマナが収束し龍という姿を形作った存在。それが神龍だ。
そう。神龍は全員が異世界からの転生者だ。
郷里が同じかどうかはしらんけど、何人かは会話の中に聞き覚えのある単語があったから、俺と同じ世界、もしくはそれと酷似した世界から転生してきたんだろう。
転生直後は全員肉体がなく意識だけの存在だったんだが、この世界の守護者と自覚したとき、物理的に活動できる身体があったほうが、それも誰からも畏怖される最強の身体があったほうが便利だろうと、マナを身にまとって思い思いに「僕の考えた最強生物」を作ってみた。そうしたら、あら不思議。デザインの違いはあれど見事に全員ドラゴンで一致したんだよな。ドラゴン最強説は世界を超えるね。
という訳でそれなりに限度はあるが、まとっているマナを操作すれば身体のサイズや外観は変えられる。ライ○ップもビックリな変身を遂げてやるぜ。
そして地面に着地するまでに俺は変身を完了する。衣服の代わりに龍鱗を身にまとい、黒髪の合間から角を、背中には翼と尾を生やした龍人にな。
「さて。始めようか勇者御一行」
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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