第1話
「――きなさい。一郎、起きなさい」
お袋がだみ声を上げながら俺の部屋に飛び込んできた。プライバシーの侵害だ。
「ううん。あと5分」
「いいから起きなさい。遅刻するでしょうが」
お袋に無理やりたたき起こされ、まだ眠気の残る頭で制服の袖に手を通す。
「朝飯は?」
「もっと早く起きたら食べられたのにねぇ。パンでもくわえて登校しなさい」
「いやそれやって許されるのは2次元の女子、それも美少女に限るから」
「とっとと行け」
お袋が俺の口にパンをねじ込んでくる。それもコッペだ。どうせなら食パンにしてくれ。イチゴジャムとマーガリンたっぷりぬったやつ。
「いっふぇふぃま~ふ」
コッペをかじりながら、重い足を引きずって俺は学校へと向かう。
あ~めんどくせえなあ。校舎に隕石が直撃して休校にならねえかなあ。
眠たい目をこすりながら横断歩道を渡っていると、トラックがノーブレーキで突っ込んできた。
はて? と歩行者信号を確認するが、しっかり青だ。点滅もしていない。となると運転手の過失だな。
避けなきゃ大けがしそうだけど、避けるのが面倒だな。けど、ぶつかったら死んじまうかな? もし、大けがですんだら今日は学校行かなくて済むんじゃね? っていうか、眠いなぁ。
阿呆なことを考えて回避行動をとること忘れた俺は、あっさりと居眠り運転のトラックにはね飛ばされた。
グシャリ、と。おおよそ人体から聞こえちゃいけない音と共に、俺の視界は暗転した。
そこで目が覚めた。どうやら夢を見ていたらしい。
久しぶりに昔の夢を見たな。俺がこのガイアに転生する前の、まだ地球で高校生だった時の夢だ。
なつかしいなあ。お袋、元気でやってんのかね。
まあ、こっちで過ごしたのと同じだけの時間が地球で経過していたら、とっくに天寿は全うしているだろうけどさ。
もう顔も思い出せなくなったお袋を思いまどろんでいると、誰かが体をゆすってきた。
「――さま。主さま、起きて下さい」
「ううん。あと5年」
「なりません。5年前もそうおっしゃられましたよ。さあ、起きて下さい」
なんだろね。このデジャヴュ。しょうがない。起きるとするか。
うっすらと目を開けると、陶器のような白い肌の女性がこっちを覗き込んでいた。
透き通るような白肌と鮮やかなコントラストをなしている、地面に届きそうな烏の濡れ羽色の黒髪。
100人が見れば100人とも美人だということ間違いなしの美貌の持ち主だ。
彼女の名はルナミリア。元素の大精霊で酔狂にも俺の僕をやっている。
「おはようございます。主さま」
「おう。おはようさんルナミリア。俺、何年寝てた?」
「はい主さま。20年と37日と15時間21分11秒です」
そうか。道理で眠いわけだ。全然寝足りない。
せめてあと3年は寝て過ごしたかったな。
「くあぁー……」と大口を開けてあくびをする。魔石が含まれ、青白く光る洞窟の壁がビリビリと震えた。
いけね。危なく眠気と一緒にブレスまで吐きだすところだった。
気だるさをありったけの気合いで押しのけ、手足としっぽ、ついでに畳まれっぱなしだった6枚3対の翼を伸ばす。
数十年ぶりのストレッチで、関節がバキボキと良い音を立てる。
鎌首を持ち上げると、視界の数m下でルナミリアが慈母のように微笑んでいる。
それでは改めて自己紹介おば。
俺は七大神龍が一角、怠惰のスロウス。5億6千万年前にこの剣と魔法とドラゴンな異世界ガイアに転生した、元日本人の高校生でめんどくさがり屋のドラゴンだ。
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