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星の開拓者  作者: ゴリエ
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 次の日の朝、授業開始のチャイムが鳴っても長谷川君は学校には来なかった。

 長谷川君は遅刻や欠席をしたことがなかったから、先生も不審に思い、彼から何か聞いている人はいないかとクラスの皆に問いかける。でも、誰一人として事情を知る生徒はいなかった。

 いやな予感がした。授業が始まってもほとんど頭に入ってこなかった。

 一時限目が終わり、休み時間になってもやっぱり長谷川君は現れない。クラスの男子たちが、メールや電話をしても返事が返ってこないと騒いでいた。

 私は「まさか」と、かぶりを振って悪い考えを振り払おうとした。でも、そのまさかは徐々に確信へと変わっていくしかなかった。

 昨日、長谷川君が夢で話していたことを思い返す。本物の私に会いたい。彼はそう言っていた。私は泣きだしたくなるのを必死でこらえた。でももう限界だ。

 休み時間が終わりかけたとき、私は静かに席を立って人知れず教室を出た。私がどこに行こうとも、それを追求してくる人がいないことが今はありがたかった。

 さすがに二時限目が始まれば、私がいないことに周りは気付くだろう。でも、そのときはもうすでに私は校門を出たあとなのだ。

 走るのは苦手だったけれど、それでもひたすらに走った。息を切らして酸欠になりながら、長谷川君と交わした会話を一つ一つ頭の中で何度も反芻した。

 長谷川君の両親は共働きで、朝は長谷川君よりも早くに起きて出勤する。――ということは、長谷川君が朝学校に行かなかったとしても、誰も気付かない可能性があるということだ。

 彼は、家が学校のすぐそばだとも言っていた。私は学校の近くに建っている家の一軒一軒の表札を、道の端から端まで確認してまわった。時折すれ違う近所の住人らしき人の不審がる視線を受けたけれど、ひるんではいられない。

 学校の前の大通りでは見つけられず、やや日陰になっている脇の小道に入る。そして、その並びの数軒目の家で、ようやく「長谷川」の表札を発見した。でも、決して珍しい苗字というわけではないので、違う長谷川さんならまた探し直さなければならない。

 私は、その一軒家の外観を不審者よろしくあらゆる角度から観察した。

 車が一台置けるくらいの小さなガレージがついた、二階建てのごく普通の家だった。

 ガレージの端に、シルバー色の使い古された自転車が止めてあり、少し離れたところに置いてある鉢には、たくさんの花をつけた朝顔が空に向かってすくすくと伸びていた。長い支柱に巻きついたつるが、私の背とほぼ同じくらいの高さにまで成長している。

 玄関先には大きな犬小屋があり、その中で首だけを出してあごを地面にのせて眠っている犬がいる。茶色と白が混じった、長い毛並みのコリー犬だった。

 何から何まで夢の中で長谷川君が語った話と同じ家で、私は胸の高鳴りが抑えられなかった。ここが長谷川君の家であることに私は確信すら抱いた。それでも、インターホンを押すのはずいぶんとためらわれた。

 よく考えてみると、インターホンを押しても長谷川君が出てくるという保証はどこにもない。彼は友達からの連絡にも応答していないのだ。そんな状況でインターホンを鳴らしたところで、果たして反応を返してくれるだろうか。

(もし、何の返事もなかったらどうしよう)

 玄関のドアをこじ開けて、勝手に家の中に入るなんてことも、まさかできるわけがない。考えの足りないまま勢いに任せて行動してしまった自分を、ひたすら情けなく思った。

 でも、このままあきらめて引き返すという、もっと情けない状況にだけはなりたくなかったので、思い切って震える指でインターホンを押した。すると、インターホンの音が予想外に大きくて、その音のせいでなんと犬が目を覚ましてしまった。私は飛び上るほどに慌てた。

 案の定、犬は私という知らない人間の存在に気付くと盛大に吠え始めた。リードがついているので今以上はこちらに近づけないだろうけれど、それでも居心地の悪さは相当なものだった。私は自分の間の悪さと不運さを呪った。

 そんなとき、突然玄関の扉が開いて、私は息をのんだ。家の中から出てきたのは、まぎれもなく長谷川君本人だった。

 今まさに起きたばかりだというような寝ぼけ眼をこすっている。彼は私をその目でとらえると、定まっていなかった焦点を急に合わせて、もう一度私を見つめ返してきた。

「星野……?」

 名前を呼ばれたとたん、背筋に緊張が走る。私は何か言おうとして、「えっと、あの……」などと口ごもっていた。すると、それを見かねたように長谷川君から私に話しかけてくれた。夢の中と同じだった。

 ただ一つ違っていたのは、現実の長谷川君からは、親しみが一切感じられないということだった。

「何の用?」

 彼はこの上なく怪訝な表情をしていた。

「何で星野が俺の家を訪ねてくるわけ? それもこんな時間に」

 実に迷惑そうな口ぶりと不機嫌な態度。夢とは違う冷たいあしらわれ方に、私は自分の血の気が引いていくのを感じた。大切なものが音をたてて崩れていくようだった。

 正直なところ、私は期待していた。あの夢の延長線上の先には、捨てたものじゃない現実が待っているかもしれないということを。夢の長谷川君と現実の長谷川君が、同一の存在であるという可能性を。

 長谷川君が夢で言ってくれた、「本当の私に会いたい」という言葉。それは私も同じ気持ちだった。私だって、本当は面と向かって長谷川君と話がしたいとどれだけ願っていたか。でも、私にはその勇気がなかった。

 長谷川君は、臆病な私が一歩を踏み出せるようにきっかけを作ってくれた。だから私はこうして彼の家を訪ねることができたし、実際に今、面と向かって彼と話をするという大業を成しえている。

 ただ残念なことに、現実の長谷川君は、私が一緒に宇宙を旅したあの長谷川君ではなかった。やっぱりあれはただの夢で、命懸けで私の背中を押してくれた彼は、この世のどこにも存在していなかったのだ。

 私は目の前の長谷川君に、精いっぱいの笑顔を向けた。どんな結末であれ、長谷川君の無事を確認できて、本当に心の底からほっとしたのだ。

「ごめんなさい。今日学校に来てなかったから、その……心配になっただけなの。急に訪ねてびっくりさせてしまって、本当にごめんね」

 さすがに、最後まで笑顔で言い切ることはできなかった。言い終わる前に声が震えて、結局途中で顔を伏せてしまった。

 私は泣き顔を見られないように、すぐにその場を立ち去ろうとしたけれど、それはかなわなかった。夢の中と同じように腕を掴まれてしまったからだ。

「ごめん!」

 驚いて振り返ると、長谷川君のほうが泣きそうな顔をしていた。そこで突然引き寄せられ抱きしめられて、何が起こったのかわからずに目を白黒させていた。

 長谷川君はその腕で私を抱きしめながら、ひたすら謝罪の言葉を述べた。

「星野ごめん。本当にごめん。ちょっと意地悪がすぎた。星野ってさ、夢ではいつも楽しそうに喋ってくれるのに、学校では俺のことをひたすら避けるから……。だから、ちょっとやり返して驚かしてやろうって、ほんの軽い気持ちだったんだ。まさか泣くとは思わなくて……」

 夢と同じことを、長谷川君は矢継ぎ早に言った。

そうか。彼は気付いていたのだ。私がなんとなく気まずくて、現実では長谷川君を遠ざけてしまっていたことに。

 長谷川君は、私たち二人が夢を共有しているということを、私よりも早くに確信していたらしい。もしかすると、彼を避け続ける私の不自然すぎる挙動のせいだったのかもしれない。

「本当にごめん星野。それに俺、実は約束も守れてないんだ」

「約束?」

 長谷川君はとても言いにくそうに、しゅんと肩を落とした。

「夢で星野と別れてから、俺太陽に行こうとしただろ? でもそこで、なぜかいきなり目が覚めちゃったんだ。二度寝してもう一回挑戦したんだけど、それからはどうしても宇宙の夢は見られなかった。だから、結局太陽には行けなかった」

 あんなに大見栄を切ったのに、格好悪い。そう真面目に話す長谷川君は、なんだか少しずれていた。彼は私が思う以上に、太陽に行くことに大きな意味を見出していたようだ。

「このまま学校に行っても、星野に合わせる顔がない。そう思って夢を見ようとがんばって寝てたら、いつの間にかこんな時間になってた。あーあ、完全に遅刻だし。俺ひそかに皆勤賞狙ってたのにな」

 長谷川君は、ふざけているのか真面目なのか、なんともはかりかねるような発言を連ねた。きっと、本人はいたって真面目に話しているに違いない。なんだか拍子抜けしてしまった。

 心配で気が気じゃなかったこっちの身にもなってほしいと思ったけれど、とにかく彼が無事だったということがわかって、それだけでもう泣きたくなるくらい嬉しかったのだから、なんとも不思議な気持ちだった。

「もう二度と太陽に行こうなんて考えないこと」

 私は長谷川君に、これだけは守ってほしいとお願いした。すると長谷川君は、「その心配はないよ」となぜか少しがっかりした口ぶりで言った。

「あの宇宙の夢はもともと星野のもので、星野を主体として展開されている。つまり、俺は星野に依存しながらあの夢を見せてもらってるだけなんだ。星野が起きて夢から覚めれば、俺のほうの夢も覚めちゃうってわけ。だから、俺が夢の中で星野の意に反することをやろうとしたら、星野は目を覚ませばいいんだよ。俺は星野の夢に便乗してるだけだから、そうなったらもう何もできなくなる」

「どういうこと? どうしてそう思ったの……?」

「だって、星野は一人でもあの夢を見ることができるだろう? でも、俺は星野と一緒じゃないと絶対に見られないからね。授業中にときどき居眠りして、何度も試したんだ。でもだめだった。星野が寝てないからだよ。それに、あの夢を見た朝はいつも目が覚めるのがものすごく早いんだ。朝の七時だよ。普段の俺には到底考えられない時間だね。きっと、星野が毎朝七時に起きてるからなんだろう。それに、今朝のことを合わせて考えても、やっぱり星野がいないと、あの夢は成り立たない。あの夢はもともと、星野の世界の夢だから」

 言われてみれば、長谷川君の立てた仮説はそれなりに説得力のあるものだった。長谷川君が太陽に行こうと意気込んでいたのに、急に夢から覚めてしまうというハプニングに見舞われたのは、たしかに私がそこで覚醒したせいかもしれない。長谷川君を止めようと必死で、無意識のうちにその方法をとったのか。あらためて考えると、なんとなくそんな気もした。

 長谷川君は今ではもうけろりとしていたので、なんとも切り替えの早い人だと思った。

「よく考えたらおかしな夢だよな。――よく考えなくても十分おかしいか。……でもまあ、楽しいから俺はまた見たいけど」

 それはつまり、私と一緒にもう一度宇宙を旅してもいいということだろうか。

 目が合ったところで、長谷川君は笑う。その笑顔を見て、そう解釈してもいいのだと気付いた。私はいつの間にか、どうしようもなく涙もろくなっていた。

「俺、また何か変なこと言った?」

 慌てる長谷川君に、私は首を横に振る。今何かを話そうとしても、きっと上手く言葉にすることなんてできない。

 私は長谷川君に自分の悩みを告白したとき、夢の中だから、簡単に話すことができたのだと思っていた。でもそうじゃない。本当は、長谷川君が私の話にちゃんと耳を傾けてくれたから、私は気持ちを偽らずに話すことができたのだ。

「次はどこに行こうか」

 私の思いをよそに、長谷川君の関心はもう別の方向へと向いていた。

「ちょっと遠出になるかもしれないけど、次は太陽系を出てみないか。宇宙のこと、俺これでも結構勉強したんだ。あ、何なら今からでも行く? 俺のベッド新調したてで寝心地は抜群だよ」

 私はよくわからずに、長谷川君の言葉をそのまま受け取った。でもしばらく間を置いて、彼が真に意図している意味にようやく気付くと、私は全力で否定の意思表示をした。それはもう必死だった。そんな私の反応は長谷川君の期待通りだったらしく、彼は実に満足そうに笑い転げた。完全にからかわれていた。

「冗談はさておき、宇宙のことを勉強してるのは本当だよ。俺、夢を見る前から、実は星野と仲良くなりたいと思ってたからさ」

 長谷川君は、今初めて聞く話を私にした。

「星野と喋ったことなんて今まで一度もなかったのに、どうしてかすごく気になってたんだ。いつも教室で静かに座っているあの子は、一体どんなことを考えて、何を思ってるんだろうって。図書室なんてほとんど行ったことなかったけど、課題をするために寄った日、偶然そこで星野を見かけた。星野は夢中になって本を読んでたっけ。あんなに何かに没頭してる星野の姿なんて初めて見たからさ、星野が読んでた本を俺も読んでみたんだ。知りたかったから。それがどんな本なのか、そこに何が書いてあるのか。星野をたどって宇宙の本を読んでいくうちに、俺自身もいつの間にかもっともっと知りたいと思うようになってた。宇宙のことも……それから星野のことも」

 私は宇宙の端に一人きりで浮かぶ、辺境の小さな星だった。今にも消えてしまいそうな光を、見つけてくれたのが長谷川君。

 彼は私の星にやってきた、初めての開拓者だった。


完結です。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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