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今回は少し長めですよ。
午後二時。合田が警視庁捜査一課三係に戻ると、木原と神津が合田に歩み寄る。
「合田警部。何か分かりましたか」
木原が合田に聞くと、彼はメモを見ながら報告する。
「霜中凛の遺体が発見された。霜中は真犯人に殺害されたらしい。死後一時間程経過していたから、正午頃に殺されたらしい。霜中の遺体は新宿ホワイトキングシティホテルに停車していた黒い自動車の中で発見された。車内には人質の物と思われる遺留品があった。水玉模様が特徴的なショルダーバッグには、横溝香澄の免許証が入った財布と文庫本。因みにその文庫本のタイトルは最期の奇術師。花柄の手提げバッグには小学生くらいの女の子がブランコで遊んでいる写真が一枚」
「最期の奇術師」
神津が一言呟き思い出す。
「スラント・ティムの怪奇小説だな。それを横溝香澄が持っていたというのは奇妙な話だ」
合田が咳払いしてから神津に聞く。
「それはどういうことだ」
「最期の奇術師は十一年前に一部のファンの間で流行した怪奇小説。完璧なマジックを披露したい主人公が怪物に変貌して周囲にいる人々を殺害していくという話。その遺体はマジックの如く消失する。この怪奇小説は僅か三か月で絶版となったから今では入手することさえ難しい。噂では作者のスラント・ティムと東都出版社の意見の食い違いが原因らしい」
「そこまで詳しいということは、怪奇小説ファンということだな。神津」
「一時のマイブームという奴だ。今は違う。俺が言いたいのは、当時十八歳の横溝香澄が絶版になった怪奇小説を持っているはずがないということ。普通の女子大生は一部のファンの間で流行した怪奇小説なんて読まないだろう」
「因みに最期の奇術師の発売日はいつだ」
「二月三日。絶版が決定したのが五月三日」
神津の話を聞いていた木原が沈黙を破り疑問点を指摘する。
「気になりますね。瀬川左雪殺人未遂事件が発生した日と同じ日に絶版が決定した怪奇小説を集団誘拐事件の人質である横溝香澄が持っていた。これは偶然でしょうか」
その後合田が木原の疑問に続くように口を開く。
「それは調べてみる価値がある。容疑者のアリバイも調べなければならない」
「朝風前進のアリバイなら分かるかもしれません。死亡したのが正午なら、彼のアリバイは証明されますよ。彼はその時間浅野房栄公安調査庁長官と食事をしていたのですから。犯行は不可能です」
「木原。それは間違いないのか」
「浅野房栄公安調査庁長官本人にも聞きましたし、寿司屋にも確認を取りました。間違いありません」
木原の話を聞き合田は二人に指示を与える。
「東都出版社は桂が勤務していた会社だったな。木原と神津は桂に話を聞いてこい。正午頃どこで何をやっていたのかも確認しろ。俺は東都出版社に行き、事実確認をする。ところで大野と沖矢はどこにいる」
「東京警察病院ですよ。バスジャック事件の人質の一人が何かを思い出したので、話を聞きに行っています」
「それは好都合だ。あの写真を送って聞き込みをさせる」
大野と沖矢は東京警察病院の中庭で茶髪に黒色サングラスの男から話を伺っている。
「それで思い出したことというのは何でしょう」
大野が話を切り出すと男は答える。
「自称弁護士と名乗る女について思い出したことがある。彼女は俺の隣で最期の奇術師という小説を読んでいた」
「それだけですか」
大野が呆れると、突然大野の携帯電話が鳴る。大野は男に一言断りを入れ、電話に出る。
「大野です」
『調べてほしいことがある。今から写真を送るから東京警察病院で人質たちに対して聞き込みをしてほしい。それと横溝香澄がバスの車内で最期の奇術師という小説を読んでいなかったのかも聞いてほしい』
「ありがとうございます。これで無駄足にならなくて済みます」
大野は電話を切り、手の平を返すかのように男に尋ねる。
「彼女と何かしらの会話を交わしたのですか」
「俺が何の本と読んでいるんだと聞いたら、赤面してあの人が書いた小説だって答えた。それ以降は会話していない。その直後にバスジャック事件が発生したから」
「あの人が書いた小説。分かりました。貴重な証言をありがとうございます」
大野と沖矢は病棟に向かい歩く。その直後大野の携帯電話に小学生の写真が送られた。
二人は東京警察病院に入院したバスジャック事件の人質に対して聞き込みを行う。




