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花菱後六から話を聞いた江角千穂と喜田参事官は大学の廊下を歩く。
「ところで無秩序型の犯人というのはどういうことでしょう」
江角千穂が疑問を口にすると、喜田が口を開く。
「犯人像を秩序型と無秩序型に分類する。犯罪心理学の基本です。秩序型というのは、高い知能を持ち犯行の下準備を徹底的にやります。そして犯行を誰にも気づかれずに行い、警察の尋問さえも想定した行動を行います。一方無秩序型というのは知能が低く衝動的な犯行を行います。現場に分かりやすい遺留品を残したり、犯行の様子をビデオに撮影したりするようです」
「秩序型の犯人はプロ。無秩序型の犯人はアマということですね」
「それは語弊があります」
「でも花菱さんのプロファイリングは気になりますよね。なぜ犯人は犯行声明の映像に顔出しで出演しなかったのか。自己顕示欲が強い愉快犯という花菱さんの見解と矛盾していると思いませんか。本当に自己顕示欲が強いのなら、映像に出演してもおかしくないでしょう」
「可能性は三つあります。まずは犯人が混合型だった場合。最初は秩序型だった犯人が、何らかのアクシデントにより無秩序型になったということです。次は犯人が複数犯だった場合。犯罪心理学における秩序型と無秩序型の分類は犯人が単独犯であることを前提にしています。犯人が複数いるのなら、花菱さんのプロファイリングは成立しません。最後は花菱後六のミスリード。あの二人を庇って間違ったプロファイリングを行った。どれでしょうかね」
その頃月影管理官は千間刑事部長に一枚の写真を見せる。
「集団誘拐事件の人質の一人とされる自称弁護士の女性に身元が分かりました。名前は横溝香澄さん。二十八歳。ブルースカイバスの防犯カメラの映像。犯人がマスコミに送った映像。この顔写真。以上を照合した結果、自称弁護士と名乗る女性は横溝香澄さんであることが証明されました」
椅子に座っていた千間刑事部長は写真の女性の顔を凝視しながら月影に聞く。
「横溝香澄の職場及び関係者からの証言は」
「職場である縦林法律事務所に問い合わせたところ二日前から無断欠勤をしていることが分かりました。現在横浜中央大学犯罪心理学部教授の花菱後六が探偵に人探しを依頼しているようです」
その報告を聞き千間刑事部長が顔を上げる。
「花菱後六か」
「ご存じでしたか」
「まあな。パーティーで何回かあったことがある。犯罪心理学のエキスパートとして知らない人はいない」
「プロファイリングですね。彼に捜査協力を要請してはいかがでしょうか」
月影の言葉を聞き、千間刑事部長が椅子から立ち上がる。
「断る。部外者のプロファイリングなんて邪道だ。部外者が捜査に介入したら、警察の面子が潰れる。そんなことがあってはならない」
「因みに花菱後六のプロファイリングを聞いているのですが、聞きたいですか」
「暇つぶし程度に聞く。あくまで暇つぶしだ。彼を捜査に参加させる気はない」
「犯人は無秩序型で自己顕示欲が強い愉快犯。性別は男。以上。花菱がマスコミに発表した情報を元にしたプロファイリングでした」
「その程度のプロファイリングしかできないのか。それくらい現場で捜査している警察官なら誰でも分かる。呼ぶに値しない。絶対に呼ぶな」
千間に念を押された月影は刑事部長室を退室する。




