1
平成二十五年四月三日。午後九時。東京駅から一台の夜行バスが発車した。そのバスの名前はブルースカイバス。全席リクライニングシートのバスは四十名程が乗ることができる。
その夜行バスの終着地は大分県。バスの乗客は二十二人。それに二人の運転手が乗っているのでこのバスの車内には二十四人の人々が乗っている。
ブルースカイバスに乗っている乗客には親子もいる。次のバス停へと走るバスの車内には無邪気な子供の声が響く。
「楽しみだ。福岡の叔父さんのところに行くのは」
「祐樹。静かにしなさい。他の人たちは眠っているから」
その少年喜田祐樹は母親に注意される。
その親子の後ろの席に座っていたショートヘアの女性は読書灯を付けて本を読んでいる。
すると女に隣に座っていた一人の茶髪に黒色サングラスの男性が女に声をかける。
「お姉ちゃん。何読んでいるんだ」
「関係ないでしょう。偶然相席になっただけだから」
「いいじゃないか。一晩を隣の席で過ごすんだから。俺は偶然相席になった人との交流も大切にする」
「分かりましたけど疚しいことはやらないでください。私はこう見えて駆け出しの弁護士ですから。変なことをやれば訴えます」
「弁護士の姉ちゃんか。それで何を読んでいるって」
「最期の奇術師」
「聞いたことがないな。有名な作家さんが書いた小説なのかな」
「知らなくて当たり前。この小説はあの人が書いたものだから」
女は顔を赤くする。その表情を見て男は察した。
「なるほど。彼氏か。その彼氏と別れたから傷心旅行に行くのか」
「違います」
女は首を横に振って否定する。
一番後ろの窓側の席に座っている長髪の女は写真を握りしめながら東京の夜景を見ている。ショートヘアが特徴的な小学一年生くらいの女の子がブランコで遊んでいる写真。
バスが走り始めて五分後、一人の男が突然立ち上がる。その男の右手には拳銃が握られている。男の顔は帽子とサングラスで隠されていて分からない。
男は拳銃で天井を撃ち抜く。その銃声を聞き乗客たちは跳ね起きた。男は乗客たちに対して叫ぶ。
「おとなしくしろ。警察に通報したら無差別に乗客たちを殺す」
男は運転席の方向に歩く。緊迫した空気が夜行バスの車内に流れ、男は運転手に銃口を向ける。
「俺の要求はただ一つ。御宅山までバスを走らせろ。人質は御宅山で解放する。いいか。
どこにも通報するな。もちろん青空運行会社にも。約束を守らなければ乗客を無差別に殺す。さあ。俺の言う道順で御宅山に向かえ。一つでも道順を間違えれば人質を殺す」
運転手はバスジャック犯の言うままバスを御宅山まで走らせる。その間乗客たちは沈黙を続ける。
東京都葛飾区にある青空運行会社がその異変に気が付いたのはバスジャック事件発生から二十分が経過した頃だった。停車するはずのバス停にブルースカイバスが来ないという苦情が殺到したからである。
青空運行会社の社員桂右伺郎が何度も無線で運転手に呼びかけても反応がない。そのことを不穏に思った桂右伺郎は警察に通報する。