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第一話 コアラ人間

 私は緑川紫みどりかわゆかり。最近私には気になる人が居ます。ユーカリの葉が大好きで、時々鼻が黒くなったり、授業中に居眠りが多かったり、それでいてどことなく愛らしい空気を醸し出す女子中学生。それはクラスメイトの、小荒えすぱさん。

 2年生のクラス替えをした時の自己紹介で、名前が独特だから目立っていたけれど、ひと月ほどで皆の意識からは消えてしまった。彼女はあまりパッとしない性格だったから。

 私も地味な方なので、同じ立場の彼女がよく見える。よく見えるけど、もう6月も半ばなのに、ほとんど会話をしたことがなかった。

 それでも私は、彼女と仲良くなりたかった。仲良くなって解決したい疑問がある。聞いてみたいことがある。それは・・・

「えすぱさんは、コアラ人間なんだよね!?」


 もちろん私は、ただ疑問を解決したいがために仲良くなりたいわけじゃない。えすぱさんが可愛いらしい女の子だということを知っているからだ。

 えすぱさんはあまりクラスに馴染めないので、お昼のお弁当は教室以外のところで食べる。私はこっそりうしろに付いて行って、一人でお弁当を食べるえすぱさんを遠目に見ながら、同じように一人でお弁当を食べる。こうしているだけで一人じゃないと思える。そんなお昼のひとときがしばらく続いている。

 そんなある日、えすぱさんが屋上を目指して階段をいくつもぽてぽてと登っているのを、やはり後ろから追っていると、踊り場の辺りで盛大に転んだ。

「ひゃあ」

 なんだか転ぶ動作もゆっくりで癒される。いやいやいや、癒やされている場合じゃないよ私。

「大丈夫?」

 私が言おうとしたセリフを、上階から降りてきた先輩に言われてしまった。悔しい。陽の光を背負いながら手を差し伸べる先輩は、なんだかちょっとイケメンでサッカーでもやってそうだ。

「はわわ、だだだ、ダイジブズ!」

 激しく噛んでいる。

「なんだこれ、笹か何か?」

 先輩がえすぱさんの昼食と思しきユーカリの葉を拾い集めている間、えすぱさんは胸に弁当箱を抱えたまま、直立不動で動けずに居た。私も同じ立場だったら似たようなものだろう。

「じゃ、気をつけてね」

「ありがも、がと、ごじゃりまし・・・」

 言い始めた時には、先輩は既に私の横を通り過ぎていた。そして数秒後からだんだん赤くなり始めた。いまさら。

 えすぱさんは、ひとしきり顔を真赤にしたあと、だんだん平静を取り戻し、そしてまたぽてぽてと屋上をめざして階段を登っていった。

 結局あの後、屋上の扉が空いてないことに気づいて少し取り乱しながら仕方なく教室でお弁当を食べる事になったりする、ちょっとドジでシャイでダサいえすぱさんが、私にはとても愛おしく感じてしまうことが多々あるのだ。

 そんなある日、えすぱさんに近づく怪しげな組織の存在に、私は気づいてしまった。


 えすぱさんの家と私の家は方角が大体一緒なので、帰り道も途中まで一緒だ。私は下校時もえすぱさんを眺めて癒やされながら帰る。

 しかし、後ろから追っていると本人には見えないものが見えるみたいだ。最近、えすぱさんを後ろからこそこそと付ける怪しげな黒服がいる。私も人のことは言えないが。

 サングラスを掛け、通信機のようなものを耳に付け、黒服をまとうその姿は、学校周辺や商店街の空気とは明らかに異質だったが、初めは一定の位置を過ぎるといつの間にか姿を消していたので、何かの間違いか偶然だと思っていた。しかし連日現れるので、私は確信めいたものを感じ始めていた。「えすぱさんを狙っている」と。

 しかし子供の私には、クラスメイトと気軽に雑談するのも苦手とする私では、彼らにを声をかけて「えすぱさんをどうする気ですか!!」などと言うことは出来ない。

 走行しているうちに、日毎に監視人数が増えていく。右から現れたかと思ったらすぐに消え、消えたかと思ったら左から別の黒服が現れる。そうして連携しながら、転んだり、小学生にスカート捲りされたり、こっそりコンビニで買い食いしたりするえすぱさんを見張っている。


 10日ほど経ち、一体何の目的なのか、本格的に気になりだした頃、ついに動きがあった。

 黒服が、えすぱさんの進行方向に居るではないか。そいつは、お弁当の残りのユーカリをこっそり食べながら帰途につくえすぱさんが近くまで来ると、

「やぁお嬢さん。ユーカリ美味しいの?」

といきなり声をかけた。

 私は正直混乱していた。まさか声をかけるとは予想外だったからだ。まさかあんな怪しげな黒服に先を越されてしまうとは情けなくもあり悲しくもあり、悔しくもあった。

「ふぇえ?」

 えすぱさんはユーカリがはみ出た口をモゴモゴさせながら戸惑っている。そのうちに黒服が二人に増える。

「あ、食べ終わってからでいいよ。待つから」

「それにしても美味しそうに食べるねぇ」

 気のせいか、なんだか嫌らしく聞こえる。

「んっはんっは」

 えすぱさんは一生懸命モゴモゴしている。可愛い。

「あ、そうだ、失礼しました。私達はこういうものです」

 モゴモゴごもごしているえすぱさんを待つ間、手持ち無沙汰になったのか、黒服の片方が名刺を手渡す。名刺ケースをしまい終わった頃、えすぱさんの口が動作を止める。

「ふー、おいしかった」

 ユーカリの美味しさに比べたら、見知らぬ大人に声をかけられる緊張など些細なことのようだった。そんな、にっこりと笑うえすぱさんに、黒服が言う。

「もっと、食べる?」

「おいしいユーカリがあるんだ」

「おいしいの?」

 だめだ、これはアレだ。小学生の頃からよく大人が口を酸っぱくして言っている、誘拐のヤツだ! えすぱさんが危ない!

「どりゃあああああああああああぁあああ!」

 最後の方はちょっと泣き声になりながら、私はえすぱさんの背後から躍り出て、黒服に思いっきり飛び蹴りをした。体当たりも考えたが気持ち悪い気がしたので足で攻撃することにした。

 私の足の裏は見事に黒服のネクタイの辺りに命中し、鈍い声とともに黒服が吹き飛ぶ。その異常な光景に周りがざわつく。その隙にえすぱさんの手を取り、駆け出す。

「え? えっ!?」

 手首が温かいえすぱさんは片手にお弁当箱を抱えたまま、私に引きずられるようについてくる。私は、手を振りほどかれなかった事に安堵しつつ叱る。

「だめだよ! ぜっ・・・アレ絶対誘拐だよ! えすぱさん、えす、か、可愛いから! なんか狙われてたんだよきっと! 私知ってたのに! 知ってたのに何も出来なくてゴメンね!」

 最初の会話がカミカミで、しかもなぜか最後の方は謝罪になっていた。意味がわからない。走っているせいだけでなく、心臓がバクバク言っているのが聞こえる。胸がくるしい。

 言い終わった後、むやみに走っている事に気づき、どこを目指せばいいのか迷ったが、結局自宅へ向かうことにした。

「わ、私のうち、いま、ダイジョブだから、えと、ママも居ないから! 逃げるのにいいからおいでよ!」

 友達になったわけでもないのにいきなりご招待する事になった。


 家についてから気づいたが、黒服は追ってきていなかった。まぁ、商店街だったし、人が居たから騒ぎにでもなったんだろうと、私は勝手に決め込んだ。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

 私の部屋で二人して息を切らしているのが、なんだかシュールで笑えてきた。

「あははは」

「はははは」

 息を切らしながら笑うと、えすぱさんも笑ってくれた。嬉しかった。

 ひとしきり笑ってから

「喉乾いたでしょ。何か持ってくるよ」

 一人になると、少し落ち着いた。お茶をグラスに注ぐ間に、緊張が襲ってくる。注ぎ終わったら、またえすぱさんのところへ戻るんだ。まるで緊張を注いでいるかのような錯覚を覚えた。

 自分の部屋なのになぜかノックをしてから入ると、えすぱさんはベッドの脇のガラスのテーブルの前で正座をして待っていてくれた。小さくて可愛い。

「なんだか、私が誘拐したみたいだね」

と言いながらグラスを渡す。受け取ったえすぱさんは、

「えへへ、ゆかりちゃんに誘拐されちゃったぁあ」

と、すごく照れている。誘拐をなんだと想っているんだろう。可愛い。っていうか!

「あ! え!? 私の名前、覚えててくれたの!?」

「あたりまえだよお、クラスメイトだもんー」

 私は涙か鼻血が別の何かが出てしまわないように、お茶をぐいっとあおる。そんな私にあわせてえすぱさんもお茶を飲む。

 お茶お飲む間沈黙が流れる。少し気まずい感じになってしまったが、逆に今しかないと思った。そして、ぐっとお腹に力を入れ、思い切って言ってみる。

「あっ、あの、ね。私とおとも・・・達になってください!」

「ふぇっ!」

 大きな声を出したせいか、私の発言が変だったのか、えすぱさんは驚きを隠さない。そして何か迷ったような素振りを見せた後、

「・・・・・・うーん」

と言い、そして

「・・・・・・・・・コアラ人間でもいいの?」

と言った。

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