リビティウム皇国のブタクサ姫・外伝
『リビティウム皇国のブタクサ姫』の外伝です。第一章「門の修復と廃墟の亡霊」の裏話になります。また、ある意味『吸血姫は薔薇色の夢をみる』の外伝ともなります。
最近、緋雪ちゃんを書いてないので、ためしに動かしてみました。
相変わらず勝手に動いてくれて、書きやすかったですw
切り出した黒曜石とも金属ともつかぬ、燐光を放つ謎の物質で作られた高さ7~8メルト、直径30~40メルトはある巨大な環状列石群。
それが地平線の彼方まで、規則的に立ち並んでいる広大な空間――恐るべきことにここは戸外ではない、途方もない広さの建造物の内側である――を形作る、継ぎ目一つない白い大天井や、塵一つ落ちていない純白の静謐な空間をぐるり見渡して、レジーナは面倒臭げに鼻を鳴らした。
「ふん、やっぱり初期化されていたかい。超帝国本土……ここに来るのも久しぶりだね」
やれやれと緩やかに首を振った彼女の足元に控えていたマーヤが、ぴくりと背後に視線を巡らし――その瞬間、弾かれたかのように、空中で半回転しながら飛び退いて着地すると、尻尾を丸め全身を地面に擦り付けるようにして、その方角に向かって恭順の姿勢を示した。
地上では災害級魔獣と怖れられる自身の使い魔が見せる、完全な降伏の姿勢を見て、不機嫌そうに眉をひそめ、その見詰める視線の先を追って、振り返ったレジーナの仏頂面に……微かに笑みがよぎる。
軽やかな羽音が静謐な――時間すら停止していたような、この場の空気を震わせ――停まっていた時計の針が、再び動き出したかのような錯覚を覚えた。
「――使われなくなって久しい、東部方面転移門が稼動した気配がして来てみれば……なるほど、貴女でしたか」
その瞬間、銀鈴のような涼やかな声とともに、三対六翼の純白の翼をはためかせ、美貌という言葉すら生温い――清楚にして可憐、優美にして典雅な――黄金律によって生み出された、眩い銀髪の熾天使が、何処とも知れぬ虚空から、レジーナたちの眼前へと舞い降りてきたのだった。
年齢は……よくわからない。
少女のような無垢さと、成熟した女性の思慮深さが同居しているが、そもそも明らかに人外――それも“天の使い”と呼称される存在に対し、人間の尺度を当てはめるのが土台無理な話であろう。
「お久しぶりです〈白〉。それと真綾、あなたも息災そうですね」
レジーナたちの視線を受けて、その銀髪の熾天使は、床の上に爪先を着けるのと同時に、柔らかく微笑みながらロングスカートの裾を抓み、優雅に一礼した。
「あんたも変わらないね、命都。真紅帝国――いや、いまは『カーディナルローゼ超帝国』って呼ばれてるんだっけかい――そこの副総裁だってのに、いまだにメイド服かい?」
その言葉通り、命都と呼ばれた熾天使が着ている衣装は、白と紺の典型的なメイド服である。
「わたくしにとっては、姫様のお傍に仕えることこそ本分でございますから」
一切の躊躇なく言い切る彼女の姿勢に、大いに意気に感じ、破顔したレジーナであったが、不意に笑いを収めると、この傲岸不遜な魔女にしては珍しい――というか、絶対に他人の前では見せない神妙な表情で、自分の背後の転移門に視線を送った。
「ところで、ものは相談なんだけれど、この先に繋がっている転移門の設定を、ちょっとばかし弄くってもらえないかね」
「――と、言いますと?」
「長いこと放置されていたせいか、その前に衝撃を受けたのが原因かはわからないけど、本来帝都と闇の森を結ぶ直行便だったはずなんだけどねえ、初期化されてここの転移門発着場に戻っているからさ。まさか、ここを経由するわけにもいかないだろう? なんとか元に戻してもらえないかと思ってね」
肩をすくめてのレジーナの請願を受けて、命都の端正な顔に困惑が広がった。
「それは、わたくしの一存ではなんとも言えません。いえ、それ自体はさほど難しくはないのですが……」
「ふん。帝国の転移門など、全て破壊してしまえば良い。いまだ生き残りがあったとは、私としたことが片手落ちであった」
その瞬間、硬質な美声とともにタキシードを着こなした、金髪金瞳のこの世のものとも思えぬ美青年――ただしかなり気難しげな――が、悠然と歩いてきた。
「おや、超帝国宰相様までお出ましかい、お久しゅう天涯」
どことなく辟易した様子で、その美青年に挨拶をするレジーナ。
「図のぼせるな人間風情が! 私を呼び捨てるかっ!!」
その途端、怒号とともに青年から発せられた大量の雷が、レジーナの枯れ木のような全身を打ち据えようとしたーーそれを、命都の光の盾が完璧に防ぐ。
「やりすぎですよ、天涯殿。オリアーナ様は親愛の印として、敬称をつけずにお呼びしたのでしょう」
宥めようとする命都を、冷たい目で睨み据える天涯。
「それに、オリアーナ様に手出しすると、姫様が悲しみますよ」
その言葉は効果覿面だったようで、天涯は渋面のまま黙り込んだ。
一方、レジーナは平然と立ち尽くし、その隣のマーヤは完全に腰が引けた様子でブルブル震えていた。
「まあ、天涯…殿があたしに腹を立てるのも当然さね。35年前の馬鹿の暴走を事前に察知することも、止める事もできなかったんだからね。あたしの痩せ首ひとつで収まるっていうなら、この場で差し出すよ」
気負いのない態度で頭を下げるレジーナ。
天涯が柳眉を逆立て、命都が慌てて一歩踏み出して、お互いに何かを口に出そうとした。
その瞬間、どこからともなく、物悲しいチャルメラの演奏音とともに「キコキコ」と錆びた金属をこすり合わせる規則的な音が、ゆっくりとこちらに近づいて来たのだった。
夕焼~け小焼えの 赤と~んぼ~
負わわれ~て見たの~はー いつの~日ぃか~
聞いているだけで、しんみりと侘しい感じになる音楽を鳴らしながら、黒髪でやたら存在感のない青年が、古びた台座付きの自転車に乗って、こちらへと向かってくるところだった。
その台座の上にはごつい木箱が乗っており、さらにノボリが掲げられている。
『紙芝居本舗』
まあ、要するに紙芝居屋なのだろう。
胡散臭いことこの上ないが。
それだけなら特に物珍しくもないが――いや、一般的に考えてかなり珍しいが――さらに、その箱の上に背中向きに乗っているものが珍しかった。
やたら長くて眩いストレートの黒髪をした、どこぞのお姫様としか思えない、黒をモチーフに薔薇のコサージュが随所に散りばめられた豪奢なドレスを着た、小柄な少女が同乗していたのだ。
その後姿を見た瞬間、天涯と命都は床に膝を落として、最大級の礼をとった。
同時にレジーナも恭しく頭を下げる。
きこきこ自転車を漕いできた青年は、レジーナ達の前で自転車と……ついでに吹いていたチャルメラを止めると、自転車を降り、スタンドを立てて側面に回った。
「ほな、定番の紙芝居『カッパライダー』の続きをはじめます。悪の軍団ゴムゴム団から活動資金をかっぱらって逃げたヒーロー、カッパライダーに迫る悪の手! 敵の改造キメラ、蜂と虎を合成された『ハニトラ娘』に全財産を貢いだカッパライダー! さて続きは……と、その前に水飴、ソースせんべい、カタヌキ、どれ買ってくれます? ただ見はあきまへんで」
「いらん!」「いるかい!」「いりません!」
「……けっこう面白いんだけどねぇ」
箱の上で足をぶらぶらさせながら、水飴を頬張っていた少女が振り返った。
その瞬間、世界すべての注目がその少女に集まった――そう思えるほどの凄まじいとしか言いようのない美少女だった。
年の頃なら13歳前後。白磁のような肌に、光によって濃度が変わる緋色の瞳、赤い唇――全てのパーツ、全ての配置が非の打ち所のない、目前の青年と乙女すら霞む気品と存在感を持った、まさに神の化身としか言いようのない少女である。
「まさか、姫御自らお出ましになるとは……」
敬愛する主人の手を煩わせたことによる苦悩と、最近はふらふら居なくなるため、なかなか会う機会のない彼女に会えた歓喜に震える気持ちの狭間で、硬直する天涯。
「ここのところ影郎様となにやら密談されていると思っておりましたが、まさかこれですか?」
命都の方は呆れと非難混じりの視線を、主とその共犯者へ向ける。
「相変わらずフリーダムな国だねえ」
ため息混じりにレジーナが慨嘆した。
「まあ、うちは良くも悪くもこの能天気さがウリだからねぇ」
軽く肩をすくめた少女が、水飴を咥えながら、レジーナの方を見て首を捻った。
「で、なんかあったの、君がこっちに顔を出すなんて……確か、天涯が暴走して以来だから、えーと……」
「35年ぶりです。また、あれは暴走ではありません。制裁でございます、姫」
「いや、私の許可なく行ったんだから、どー考えても暴走だと思うけど……というか、誰か止めて欲しかったねぇ」
ちらりと見られた命都が、涼しい顔で答える。
「姫の保養地であり、各国の不干渉地帯である闇の森に対して軍事行動を行ったのですから、まだしも手ぬるい対応かと存じます」
その言葉に大きく首肯する天涯。
「うわ~、だめだこいつら!」
「基本、全員武闘派ですからなぁ。いわばヤの字の事務所に爆竹投げられたようなもんでっしゃろ?」
頭を抱える少女に対して、慰めてるんだか面白がっているんだか、微妙な口調でとりなす青年。
「的確なたとえ話をありがとう。――まあ、いいや。とにかく、そんだけここに足を運ばなかった君がまたどうしたわけ?」
少女の問い掛けに、レジーナは深々と頭を下げた。
「そのことに関連してですが、姫陛下にお願いしたい儀がございます。こちらの我儘でございますが、帝国内の転移門の再稼動を、お願いしとうございます」
「転移門?」
「左様でございます。どうぞ、この年寄りの最後の願いと思し召しいただければ幸いにございます」
レジーナの言葉に、しばし黙考して、少女はどこか不快な表情で彼女の顔を見た。
「オリアーナ、君わざと『年寄り』とか言ってるだろう? ほぼ同い年なわけなの知っていて」
「ほほほっ、さて、そのような……まあ、お互いに思慮分別のある大人ですので」
「なんつーか、君も変わらないというか、変わったというか……」
ため息をつく少女の前で、レジーナも少女のような無防備な笑みを浮かべたのだった。
ちなみに、カッパライダーはこの後、起死回生のためパワーアップして『カッパライダーFX』へと進化します。そして新たな危機が!!