胸焼けファンクラブ
二月半ば、教室に甘い匂いが立ち込める。今日はバレンタインデー。女子から男子にチョコレートと一緒に愛の言葉を渡す日だ。といっても、これは日本独自のものだし、最近では友チョコだとか逆チョコだとか、色々な例外が生まれてきているみたいだけれど。それでも大元は変わらないらしく、今日は男女ともに妙に浮き足立っていた。そんな中で一人、眉間にしわを寄せて本を睨みつけている奴が。
「おはよう」
僕が彼に声をかけると、彼はしかめっ面をこちらに向けて挨拶を返してきた。
「随分不機嫌そうだね」
「甘いものはあまり好かないからな」
「あぁ、チョコレート臭」
「胸焼けしてる」
そう言うと同時に読んでいた本をぱたんと閉じて、友人は頬杖をつく。雑談モードに入ったようだ。僕も席に着くと、彼の方へ向き直る。
「で、収穫は?」
「今のところ6つだな」
「へぇ、多いね」
「義理だけだろうがな。お前はどうだ?」
「まだゼロ」
ひらひらと掌を振りながら答える。すると友人は意外そうに目を丸くした。
「そうなのか。結構貰ってると思ってたぞ」
「なんでさ。去年も確か母親からのも含めて3つくらいだったよ」
「なんでって……知らないのか?」
「え?」
知らないって、何をだ? その質問を、首を傾げることで彼に伝える。それから彼の答えを待つ姿勢をとった。
「お前のファンクラブがあるらしいぞ」
「……はい?」
思わず変な声が出る。流石にそれはないだろう。
「冗談言わないでよ」
「いやいや、冗談なんかじゃない」
「……嘘でしょ」
「騙してどうするんだよ」
「君なら愉しみそうだね」
「本当にお前は俺をなんだと思ってるんだよ……」
彼が脱力しながら言う。僕は言い繕おうかとも思ったけれど、それよりも未だに信じられない僕のファンクラブとやらの存在の方に意識が行ってしまって、うまく頭が回らない。この状態じゃ何を言っても無駄だろうから考えるのはやめにして、話の続きを催促してみた。
「まぁ、俺も詳しくは知らないんだがな」
「うん」
「女子バレー部の何人かで作ったらしい。会員も続々増えてるってよ」
「作ったの知り合いかもしれないのかよ!」
女子バレー部って言ったらいつも体育館を共有している人たちじゃないか……。時々僕らの応援をしてくれるから、部員全員がありがたく思っている。
いや、それは置いといて……まずどこから考えればいいんだ? 突っ込みたい部分が多すぎて手をつけられない。
「非公認なんだけど」
「ん?」
「その、ファンクラブ」
「今の今まで知らなかったしな」
くすくすと笑って、まるで他人事のように言う友人につい蹴りを入れたくなる。実際他人事なんだけどさ、もうちょっと真剣になってくれてもいいんじゃないかな。
彼に抗議の視線を向けつつ、今日の放課後に思いを馳せる。今日も今日とて部活はあるから、必然的に女子バレー部の皆さんと顔を合わせることになる。僕はその時どんな表情をしていればいいんだろう。うぅ、頭痛くなってきた。
「大変だな、モテる奴は」
「モテるってのとは何か違う気がする……!」
「まぁなんにせよ、休み時間と背後には気をつけるんだな」
「え?」
「俺は逃げさせてもらうぜ」
そう言うが早いか、彼は席を立ち教室から出て行ってしまう。逃げるって一体どういうことだろうか、と怪訝に思いながら、椅子の向きを戻して座り直す。
「……」
そして、理解した。
「勘弁してください……」
机の上に現れたピンクや黄色の可愛らしいラッピングの山と、それに集まる嫉妬や羨望の入り交じった視線に僕は頭を抱える。
これが、世に言う嬉しい悲鳴ってやつなのだろうか。




