温い水につかる妖精
この春から、僕は晴れて大学生になった。1浪してようやっと入った大学だ。大学はすごく楽しい。散策サークルなるものにも入った。要はみんなで集まって遊ぼうぜ!みたいな、のほほんとしたサークルだ。友人もできた。好きな人も・・・まぁ、いる。充実したキャンパスライフだ。
僕が行く大学は、地元から遠く離れている。なので、大学の近くにアパートを借りている。両親からの仕送りがあるといっても、それに頼ってばかりではダメだと、月4万の築30年の木造アパートを借りた。一言で言ってぼろい。でもまぁ、僕は寝る場所があれば部屋など対して気にしないタイプなので特に問題はなかった。近くにはコあンビニもあるし、中々な立地条件だと思う。
僕は今の生活に不満はない。しいて言えば、部屋にいるとき、たまに誰かの視線を感じることがある。その時は少しひやっとするが、多分気のせいだ。普段、人にじっと見つめられていても気づかないほど鈍感な僕だ(友人に、「こっち向け~と面白い顔をして睨みつけてもお前は気付かない。他のやつは大抵気づくのに」とぼやかれたことがあるほどだ)そんなのは全くの気のせい。そう思っていた。
忘れもしない、6月の珍しく晴れていたあの日まで・・・
6月某日
朝起きる。テレビを付け、今日の天気予報を確認する。どうやら今日は珍しく晴れているようだ。僕の地元には梅雨というものが存在せず、今年生まれて初めて梅雨を体験した。雨は風情があって、どちらかというと好きな方だったが、この連日の雨と湿気には軽い憎悪を覚えた。布団は湿気るし、洗濯物は乾かない。たかが1日晴れただけでそれらが解消されるはずはないが、久しぶりにお天道様を望めると思うと、気分が良くなる。
などと感慨にふけっている場合ではなった。時刻はすでに7:50を過ぎている。すぐに身支度をし、顔を洗って歯を磨いてすぐさま出立しなければ、朝一の講義に遅れてしまう。
完璧な身支度だ!が、まずい。早くも8:10を回ろうとしている。急いでいて占いを聞きそびれた。まぁ、今日はこんなに天気がいいのだから、きっと僕の運勢もいいだろうと訳のわからないことを思いつつ、玄関を飛び出す。天気予報のお姉さんへの信頼と雨が降らないでほしいという願掛けを込めるつもりで傘は敢えて持っていかない。
大学についたのは8:48。ギリギリ間に合った。素晴らしい、最短登校記録だ。
「今日はずいぶん遅かったな」
と同じ講義を受けている友人に声をかけられる。
「昨日は電脳世界における自意識的時間経過と、現実世界における絶対的時間経過の齟齬についてかみしめていた。」
「要は、ネットサーフィンをしてたら思った以上に時間が経っていて、寝坊した訳だな」
「ものすごーく平たく言えばな、そういうことになるのかもしれない」
「お前がわざわざややこしくしてるだけだろ。なんだよ、絶対的時間経過って」
と、話していると教授が入ってくる。
耳に入った瞬間に脳というHDから削除されていく、言葉達。もし言葉に絶対的な量があり、消費されるという概念が存在したら、人はどれほどの量の言葉を無駄にしているのだろう。意味のない相槌、人を傷つけるだけの生産性のない言葉、くそつまらない教授が繰り出す母音と子音の組み合わせ。あぁ、そんなに無駄に消費するなら、空腹子供たちに与えれば、どれだけの王様が生産できるのだろう???
・・・・・・・・・・だめだ、思考がめちゃくちゃになってきた。現実なのか非現実なのか、すべての輪郭が曖昧になり、すべての境界線が溶けてゆく。ありとあらゆるものが、混ざり合う。
そして僕は、夢の世界に飛び立った。
まずい。今の講義、ほとんど寝ていた・・・。ノートは肥えた土中のようにミミズが犇めいていて、脳の中身は真夏の部屋に放置されたチョコレートのごとくドロリとして形のない記憶ばかり。
(これはノートを借りまくるしかない)
明日は学内を駆けずりまわることになりそうだ・・・。
外に出ると僕の願掛けが効いたのか、天気のお姉さんが優秀なのか、晴れていた。
朝は忙しくてお天道様を望むことはできなかったが、今ならゆっくりと味わえる。
「太陽って素晴らしい!!」
そう叫び、思いっきりお天道様を望む。
「・・・・・・・っ!!!」
久しぶりに日の光を浴びた嬉しさの勢いで、しっかりと直視してしまった。どうやら、お天道様の溢れ出る温もりの御手は、人などという矮小な存在1人が受け止めるに余るようだ。よい子のみんなはマネしないように。
と、馬鹿なことをしているうちに家に着いた。本来なら、この時間帯はまだ大学に居て、講義やら何やらを受けているのだが、教授の急用で1コマあいてしまった。そこで、この時間を利用して次の講義に提出する予定のレポートを取りに来たのだ。今朝は慌てていて、机の上におきっぱなしにしてしまった。
ポケットから鍵を取り出し、ドアを開ける。
僕のアパートは非常に質素な作りで、ドアを開けたら部屋全体が見渡せる。ちゃぶ台と勉強机以外に部屋に出ているものはない。服なんかは押し入れの中だ。我ながら美しく部屋を使っているよなーと自画自賛しながら部屋に入ると、ちゃぶ台の上にはいつも通り電気ポットがあった。が、その給湯口の下には見慣れない茶碗があった。どうやらは普段使っているものではなく、万が一誰かが泊まりにきたときに困らないようにと母が持たせてくれた茶碗のようだ。
不思議なことに今朝見たとき、ちゃぶ台の上には茶碗なんぞ置いていなかった。さらに不思議なことに、茶碗の中に何かがいた。
その何かがゆっくり、こちらを振り向いた。
そこに・・・いたのは・・・
ちっちゃいおじさんだった。
「ええぇぇぇぇぇぇぇええぇl!?!?!?」
思わず叫び声が上がる。
「・・・・・・!!!」
ちっちゃいおじさんも驚いたらしくパチャパチャと水音(どうやら入浴中だったらしい)が上がる。
「・・・・・・!」
ちっちゃいおじさんは僕を少しの間見つめていたが、何やらちゃぶ台を指差し始めた。が、顔がそちら側に向かない。驚きのあまり、体がフリーズしたようだ。
(お、おじさんだ!しかもちっちゃい!)
そのことばかりが頭をめぐる。
ようやく体の硬直が溶け、ちっちゃいおじさんの指さすものを見た。小さいTシャツとジーパン?どうやらちっちゃいおじさんの衣服らしい。それらと自分の体を交互に指さすちっちゃいおじさん。
もしかして、着替えたいのか?服と裸体を指すということはおそらくそういうことだろう。ちっちゃいおじさんに背を向ける。
その間にも思考は途切れない。幻覚?霊視?はたまた天の御使い!?などと疑問の嵐が吹き荒れる。変なクスリや怪しいものを食べた覚えはないので、幻覚は違う。いままで幽霊なんぞ見えたことも感じたこともないので、霊視も却下。残るは・・・天の御使いか!!!
暴走しかけた思考を止めたのはパンパンと小さな手を打つ音。振り返ると服を着たちっちゃいおじさんが立っていた。身長は折り畳み式の携帯ほど。人間をそのまま小さくした感じだ。顔つきは・・・
ん?待て、この顔は・・・まさか!!!
無表情だが、あの頭が寂しいひ弱キャラで有名な某有名人そっくりではないか!!!まさか、彼の生霊?もしくは・・・彼は妖精で、その仲間がこいつか!?た、確かに彼には妖精っぽさがあるような、ないような・・・。
「な、なぁ、君は一体何者なんだ?」
コミュニケーションを図ってみる。気分はまさに未知との遭遇。脳内ではUFO関連のテレビ番組でなんかでよくかかる、てれれん、てーてーてー♪というメロディがリフレイン。
「・・・!・・・・!」
何やら無表情で口を動かしているが、僕には伝わらない。が、僕の言っていることはどうやら理解しているみたいだ。
「ごめん、何を言っているか分らないんだ」
すると、ヨウイチさん(勝手に命名。由来はもちろん某有名人)はがっくりと肩を落とした。なんだか申し訳なくなってくるほどの落ち込みっぷりだ。しかし、あくまで無表情。
「な、なぁ、あなたのことはなんて呼べばいい?」
返事が返ってくることは期待していないが、この空気にいるのは耐え難かったので無理やり質問。
「・・・・!・・・・・!!」
やはり何と言っているかわからない。伝わっていないとわかったのか、彼は両人差し指をこめかみに当て、ゆっくりと左右に頭を振りだした。しかも無表情で。な、なにをやっているんだ!?
「あ、あのさ。僕の言っていることは理解できてるんだよね?」
このまま放置していると、魔物でも召喚しそうな雰囲気だったので、慌てて声をかける。
「・・・!」
首を縦に振るヨウイチさん。やはりこちら側の意思は通じているみたいだ。
「じゃあさ、あなたのこと、ヨウイチさんって呼んでもいい?」
恐る恐る尋ねると、
「・・・!!・・・・・・!!!」
諸手を挙げよろこんだ。どうやらお気に召したようだ。しかし無表情だ。彼は顔を使って感情表現ができないのだろうか。それならば外国人もビックリのオーバーアクションなのもうなずける。
「ヨウイチさんは、いつからここにいるの?」
まず気になったので聞いてみる。
「・・・・・・」
また両人差し指をこめかみに当て頭をシェイク。もしかして、どうやって自分の思いを伝えようか悩んでいるのか!?ということは、この珍妙な動きは悩んでいるポーズ!?
いまだウネウネしているので質問の角度を変えてみた。
「昔からこの部屋にいるの?」
もし、昔からいるのだとすれば偶に感じる視線の正体はヨウイチさんということになる。
「・・・!」
首を縦に振る、ヨウイチさん。反応が素直でなんかいいな。表情なくて、ちょっと怖いけど。
「どれくらい昔?」
また、あのヨウイチ悩みのポーズをとるのかと思われたが、
「・・・!!」
両腕を左右に思いっきり広げた。どうやら相当昔から住んでいると伝えたいようだ。
時計を見ると、早く出ないと講義に遅れる時間だったが、今日はもう大学に行かないと決めた。
「ヨウイチさんはお風呂に入っていたの?」
質問してみる。するとぎこちなく首を縦にふる。どうやら恥ずかしがっているみたいだ。しかし、お湯はポットから汲んだとしても、浴槽はどうやって出したのだろう?あの茶碗は使わないだろうから、戸棚の奥にしまってあったはずだ。
「ヨウイチさん、そのお茶碗はどうやってだしたの?」
するとバツが悪そうに、お茶碗を抱えるヨウイチさん。
次の瞬間、ヨウイチさんが茶碗ごと、
宙に浮いた。そして音もなく戸棚へ行き、開けっぱなしだったいちばん上の棚へそっとしまいこんだ。
やばい、これはマジで妖精だ。こんな風に宙に浮くなんて妖精しか考えられない。なんの妖精なのかは、全く見当がつかないが、彼は確実に妖精だ。
しっかりと戸も閉め再びちゃぶ台の上へ。
「よ、妖精なのか?ヨウイチさんは」
三度悩めるポーズ。どうやら自分でも何者かよくわかっていないようだ。
「そういえば、ヨウイチさんはご飯はどうしてるの?」
このままウネウネさせておくのは気持ちが悪いので質問することに。
「・・・・」
またもやバツの悪そうな、先ほどに比べ当社比三割増しな雰囲気を醸し出している。しかし、雰囲気だけでここまで感情を表現できるなんてスゴイな。顔での表現は皆無なのに。
ふわふわと飛んでいくヨウイチさん。どうやら食料の在り処を教えてくれるようだ。
たどり着いたのは米びつ。その小さな体では到底開きそうにない蓋を難なく開け侵入し、お米を片手に一粒ずつ握りしめ出てくる。この炊く前のお米が主食らしい。
「・・・・っ!」
お米を握りしめ、深々と頭を下げるヨウイチさん。ごめんなさいオーラがビシバシ伝わってくる。
「そんなに、謝らなくてもいいよ。たかが2~3粒減ったところで大したことないし」
そういうとヨウイチさんは無表情のまま泣きだした。
お米を両手に握りしめ無表情のまま涙を流す禿げたおっさん。しゅ、シュールだ・・・。
ヨウイチさんに質問してばかりじゃ失礼だと思い、自己紹介をすませ、ひと段落した。
「ヨウイチさんはずっとここに住んでいたんだよね?」
先ほどから、炊いたお米(今まで炊く前のお米ばかり食べていたようで、折角だからと昨日のあまりのご飯をあげてみると大喜びした)に夢中なヨウイチさんに聞いてみる。
「・・・!」
口いっぱいにご飯をほおばり首を縦に振る。
「ってことは僕より先輩になるのか・・・よろしくね」
がつがつと食べていた手を休め、驚いたようにこちらを見る。
まるで、「私がここに居てもいいのですか!?」と言わんばかりだ。
「まぁ、僕より先輩だし、なにしろ一人は寂しいしね」
そういうとヨウイチさんは両手を振り回し空中を飛び回った。よほどうれしいのだろう。
確かに得体は知れないが、どうにも憎めないし、悪いモノには見えない。一緒に暮らしてみるのもおもしろいのかもしれないな。
妖精なんて馬鹿げてる。僕の頭がおかしくなったんだ。そういう声が頭のどこからか聞こえる。確かに僕の妄想かもしれない。だけど、実際に彼はいるのだ。僕の目の前に。
死んだじいちゃんはこんなことを言っていた。
『現実から逃げてはいかん。己が目で、耳で、肌で感じたことはみな現実じゃ。それから逃げていてはなーんにも進歩せん。いいか、現実から逃げるでないぞ。受け入れがたいことでもどっしり構えてしっかり受けとめてこそ、真の男じゃ・・・』
さすがのじいちゃんもこんなことを想定して言ったわけではないろうが、気にしない。
これからヨウイチさんとの愉快な共同生活が始まるのだろう。可愛い女の子の妖精だったら良かったなと思わなくはないが・・・。まぁ、いいか。
あ、ヨウイチさんが壁にぶつかって墜落した。意外とオッチョコチョイなんだな。
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某有名人の出演しているCMを見て突如閃いた作品。




