エルモロ
旅行という名の移動
移動と言う名の人生
共に動き、同じ時を生きる
それでも
違うのであり
同じであり
同じでありたいのだ。
エルモロ
朝おきて、東へ向かう。彼女の体調が良くないので、距離を稼ぐのではなく、リズムを戻せるようゆっくりと走ろうと思う。
動き出してすぐはインターステートを走る。そこは強く、速く、豊かな者のための道なのだ。古く、重く、遅いものにとっては肩身が狭い。強い者は、錆だらけの車などまるで止まっているかのように、存在を意識することもなく抜き去っていく。
それにひきかえ田舎道は気楽だ。そこにはなにもない。なにもないところに集落の名前が掲げてあり、道の端には郵便受けだけがポツンとある。それだけでなにもない。だが、その景色を何度も見ていると、郵便受けの近くに土道があるのに気づく。そして、そのずっと先、地面が空と別れる少し手前あたりに目をやると、家があるのがなんとなく見えてくる。それが集落だ。
道の向こうに赤い色の店らしいものがある。立ち寄ってみようかと思って近づくと、朽ち果てたガソリンスタンドの壁に描かれた、羽の生えた赤い馬だったりする。
速く走る手段があっても、なんでも手に入れる豊かさがあっても、それを使う場所がない。ここでは速い車も遅い車も、たいして違いがない。だから彼らはインターステートを行くのか。
ギャラップから南へ折れる。二十マイルほど走ってズーニーの集落から東に入り、ラマーの土地に差しかかったところに、エルモロと呼ばれるメサがある。
その足下には小さな水場がある。遠くから見えるメサが目印となり、水場は旅人たちの交差路となった。今もその岩肌には、ここを通り過ぎた探検家や旅行者の名前が数多く刻まれている。
ビジターセンターでトレイルマップを見る。岬の周りを回り、上に二百五十フィート登って古代プエブロの遺跡を見て降りてくる。ゆっくり歩いて二時間のコースだという。
昨日まで彼女は時差ボケと疲れから熱を出し、解熱剤でだましながら、二日ばかり車の中で朦朧としているだけだった。
「歩いてみる?」
「大変かしら。」
「上に登らなくても気分転換に歩いてみようよ。疲れたら引き返せばいい。」
はっきりと同意を取り付けないまま、私は先に歩き出した。
車で走り続けていると、周りの景色は変化していても、車の中だけは同じ狭い空間のままだ。そこに澱んだ空気を、少しでも入れ替えたかった。
「いつもそうなのよ。私のことなんて全然わかっていない。ううん、ずっとわかってなんか、いなかったんだわ。」
ほんの一時間前、彼女は助手席で頭を抱えながら、そう言った。
ようやく意識がはっきりしてきたものの、不調からはまだ逃れられない。言葉を吐き出すと、左腕を伸ばして水をひと口飲み、またシートに体を沈めた。
それに答えないのは運転しているからだ、と自分を納得させながら、私は窓の外を見ていた。
窓には蟲の脂がこびりつき、内側から拭き取りたくなるほど広がっている。走った距離と時間とともに、命の痕跡が増えてくる。
窓の周りには拭き残した水分に土埃がこびりつき、うす茶色に曇っている。
そのずっと先には登り始めた低い太陽があって、遠慮なく目を攻め始めている。真夏の日向灘のような太陽は、何もない景色の中で、こちらに来るなというように目を刺す。
浅く吸って深く吐き出しながら、標識が一本、後ろへ過ぎ去っていくのを眺めた。
ヴァン、ヴァン。
突然、車が跳ねる。車内に散らかった食べ物や地図が浮き上がる。
田舎道には、道路を横切るように溝がある。そこを越えるとき、大きな音がする。単調な運転から眠気を覚ますように、身体と気持ちが揺さぶられる。
ようやく言葉を返した。
「そう言ったって簡単に治りゃしないんだ。そういうメンタルな部分は人間誰でもなかなか変わらないと思うよ。だから、そん……」
彼女はシートに沈んだまま頭を振った。
「いや、あなたはわかる人なのよ。わかっているのにやろうとしない。努力しようとしないんだわ。」
続ける隙間はなかった。
エルモロには小さな水溜りがある。
六月半ばという季節からか、虫が落ち、濁った水にはオアシスという清涼感はない。かつての旅人たちは、この水をどれほど大切にしたのだろう。
地図を見て、建物を出て、ここまでほんの数分歩いただけなのに、彼女の様子が少し変わってきた。
壁面には英語やスペイン語の文字が、ここに来たことを誇るように刻まれている。ところどころにプエブロの絵も見える。
「あ」
「あれ!」
彼女が指をさした。
かすれたプエブロの絵を見つめている。その目は岩肌にとどまったまま、しばらく動かない。
私はこれまで、さまざまなところでペトログリフ、岩絵を見てきた。
何かを封印するようにはるか崖の上に描かれたものや、毎日の出来事を刻んだように広い石の上を埋め尽くすもの。描いた者たちは、そこに何かを表し、残そうとした。
何を表したかったのか、今となってはわからないものが多い。それでも、岩に残された線を見ていると、その向こうにかつて生きていた人間の気配を感じることがある。
彼女はまだ絵を見ている。
何かを感じていることはわかる。しかし、何を感じているのかはわからない。
狩りをしなくなった者が獲物の気配に鈍くなるように、私には感じ取れなくなっているものがあるのかもしれない。
彼女は、かすれた線を目で追っている。
遠い昔の誰かが岩に残したものと、今ここで向き合っている。
「うん」
納得したのかどうかもわからない声で彼女が言った。その声は、彼女にとってどうでもよかった。
「そうよ。もっと行こうよ。」
独り言なのかどうかもわからないが、それに返事をする必要はなかった。




