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小料理屋の女将です

作者: ピアニスト
掲載日:2026/02/22

久しぶりに海野十三に触れたのでそれっぽくしてみました

その店には、奇妙な静けさがあった。


 暖簾は古風で、白地に墨文字。

 だが軒下には、最新式の小型無線発信機がさりげなく吊るされている。

 女将は、何事もなかったかのように、それを毎夕六時に起動するのだった。


 「本日も、波は安定しております」


 誰にともなく呟く。


 店内はわずか七席。

 客は皆、なぜか正確に十八時を過ぎてから入店する。

 まるで示し合わせたように。


 その理由を、客は知らない。


 卓上の小さな行灯の中には、真空管が一本仕込まれている。

 それがほのかな低周波を発していることに気づく者はいない。

 音ではない。

 振動である。


 人の神経は、特定の周期にさらされると、心拍と呼吸が整う。

 整えば、言葉が穏やかになる。

 穏やかになれば、酒がうまくなる。


 それは女将のささやかな実験であった。


 かつて彼女は、理学を志した。

 だが戦後の混乱がその道を断ち、代わりに握ったのが包丁であった。


 「科学も料理も、調律が肝心です」


 そう言って、女将は出汁を引く。

 温度は正確に八十五度。

 沸騰させない。

 沸騰は雑味を生む。


 客の一人が、ふと呟いた。


 「この店に来ると、不思議と喧嘩の話をしなくなるな」


 女将は微笑む。


 行灯の振動が、ほんの僅かに強まった。


 外では夜風が吹いている。

 だが店内は、まるで気圧の違う小宇宙のようであった。


 女将は帳場の奥で、無線の針を見つめる。

 波長は今日も安定。

 社会は不安定。


 ――もし、この技術を拡張すれば。


 市中の騒擾も、国会の怒号も、

 すべて整えられるのではないか。


 だが彼女は首を振る。


 「過ぎたるは、濁りになります」


 料理も、科学も、権力も。


 真空管の灯りが、静かに赤く揺れた。


 その夜もまた、誰も争わず、

 客は皆、少しだけ理知的になって帰っていった。


 そして女将は、暖簾を下ろす。


 十八時の実験は、今日も成功であった。

いかがだったでしょうか?

海野十三っぽくなりましたでしょうか?

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