第9試行 凍てつくサーフシャーク2
廃工場裏手──げーみんぐの端末がけたたましく警告音を発していた。
「くそっ、やっぱり本体は物理サーバーか!」
モニターに映るのは、旧型の巨大データセンター。ツールハブが根を張る核となるシステムがそこにあった。物理的破壊は簡単だが──
「破壊したらねぐの支配権も奪えない……迂遠だがハッキングで内部侵入するしかねぇな」
げーみんぐはポケットからUSBメモリを取り出す。表面には微細なカスタム回路が組み込まれていた。
「緊急アクセス・コード777。全システム強制介入……行くぜ!」
一方、廃工場内のハルは危機的状況にあった。
「ぐっ……!」
腹部に鈍い衝撃が走る。サメが背後から突進してきたのだ。壁に叩きつけられ、肺の空気が一気に押し出される。
「対象残存率52%。速やかな排除を推奨」
ねぐの声帯で発せられるツールハブの報告が冷酷に響く。その間にも、サメ群が再び円を描くように接近してくる。
「くそ……このままじゃ……」
視界がぼやける。出血と酸欠で意識が遠のく。だがその時──
「ハル!」
遠方から駆けてくる人影。なゆだ。彼女は迷わず大型の防護シールドを投擲した。サメの一匹がそれに激突し、一瞬動きを止める。
「げーみんぐからの指示よ! 1分間だけでいい、耐えて!」
「なに……?」
「ツールハブ本体へのハッキングが始まった! 終了まで指揮系統を麻痺させれば、ねぐの支配権を奪えるって!」
ハルの瞳に火が灯る。
「つまり……1分、時間を稼げばいいんだな?」
「ええ!」
「よし……ならお前の兄貴、絶対連れ帰るぞ!」
二人は並び立ち、サメ群を迎え撃つ姿勢を取った。
「ハッキング開始……ツールハブの通信プロトコルをクラック!」
げーみんぐはキーボードを叩きながらモニター上の複雑なポートスキャンを繰り返す。すると警告ウィンドウが次々と出現した。
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Alert: @everyone has been activated.
Warning: @here online user count 6500.
Critical: @SecurityGuard command detected.
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「おいおい、全部の手駒を動員する気か……」
ツールハブが自己防衛機能を起動したのだ。物理サーバーの周辺には無数の監視ドローン、防御ボットが起動し始めている。
「チッ……こっちも応戦だ!」
げーみんぐは予備のプログラムパックを展開し、「@Sentry」コマンドで自作ドローンを呼び出す。小さな偵察機群が次々に飛び立ち、敵ボットとの交戦が始まった。
「こっちは俺に任せろ! ハルとなゆはツールハブの末端を止めてくれ!」
通信機越しの声に二人が応じる。
「了解!」
「わかった!」
工場内──。
「全サメが集中してきたな……!」
ハルは状況を見て判断する。周囲はサーファーサメに完全に包囲されていた。
「ねぐの能力がツールハブの指示通りに使われてる……じゃあ本体の操作系統を狂わせれば……!」
なゆがひらめく。彼女は苦し紛れにも自身のデバイスを起動し、特定の周波数で超短波信号を送信し始めた。
「ツールハブの指示コードは特定のパターンを持ってる……それを逆位相でかき消す!」
電子音が高まり、サメ群の動きが一瞬鈍る。ねぐの瞳がかすかに揺らいだ。
「指揮系統エラー検出……緊急メンテナンスプロトコル発動……」
ツールハブのアナウンスが途切れ途切れになる。
「今だハル!」
「任せろ!」
ハルはサメの間を縫って猛ダッシュ。ねぐとの距離を一気に詰めると、彼の胸元に手を当てた。
「ねぐ! お前の中にいるなら聞こえてるだろ! 振り払え!」
掌を通じて熱が伝わる。ねぐの身体が硬直し、目を見開いた。
「お前の妹が待ってる……お前の人生だろ!」
瞬間──ねぐの身体が痙攣し、青い火花が散った。
「抵抗値上昇……修正……不可……」
ツールハブの声が弱々しくなっていく。
「よし、あと10秒だ!」
げーみんぐの声が緊張を孕んで響く。モニターではハッキングが最終段階に入っていた。
「支配権確保……強制オーバーライド!」
Enterキーを押し込むと同時に、廃工場内のサメ群が一斉に消滅した。ねぐの身体が膝から崩れ落ちる。
「ねぐ!」
なゆが駆け寄り、彼の肩を抱き起こす。虚ろだった瞳がゆっくりと焦点を取り戻し、涙で滲む妹の顔を映した。
「……なゆ……?」
「ねぐ……よかった……!」
なゆが力いっぱい抱きつく。ハルも安堵の息を漏らした。
「おっと、まだ油断は禁物だぜ」
通信機からげーみんぐの声。
「ツールハブは完全に掌握した。だがこいつの機能は色々使い道がありそうだからな……一旦俺の管理下におくことにする。今後は悪用防止のために封印するか調整するか考える」
「ありがとう……本当に」
なゆの声は嗚咽混じりだった。ねぐはゆっくりと身体を起こす。
「……みんな……ごめん……巻き込んで……」
「謝んなくていいよ。今は無事でよかった」
ハルがねぐの肩を叩いた。その拳には、彼が取り戻した温もりが確かに宿っていた。




