第5試行 frist game3
ozeの“指先”が宙をなぞるたびに、空間が軋むようなノイズを上げた。
それは電磁波でも、ウイルスでもない。
ただ――「名前」を奪う力。
「ねえ、君のID……“@doutei1919”だっけ?」
ozeがふざけた声でハルのIDをなぞる。
「いっそ“@yajusen_lover”とかにしよっか? そっちの方が可愛いし♡」
「……やってみろよ。その瞬間、お前の鼻へし折ってやる」
言いながらも、ハルの手は汗ばんでいた。
実際、ozeの力はシャレにならない。
直接触れずに、相手のIDを「別の文字列」に書き換える。
それがどういう意味を持つか。
IDはこの世界における「身分証」そのもの。
一度書き換えられれば、その人間は“別の何者か”になる。
いわば“存在の改竄”。
「くそ……こっちが手を出すと即カウンター。フィールドまでコントロールされてる」
げーみんぐが舌打ちする。
なゆは端末を操作しながら、小声で言った。
「戦いながら同時にアクセスログを遮断してる……相当慣れてるね、あいつ」
「慣れてる、ってか……あれが“本業”だろ」
ハルの目は細くなる。
ozeは、こちらの会話を楽しんでいるかのように、ひとりでぴょんぴょん跳ねていた。
「ねーねー、さっきの子~、“なゆ”ちゃん? キミのIDもかわいいよねぇ。
@00……ふーん、隠してるつもりでも、目立ってんだよねぇ?」
なゆが身を強張らせる。
「……ふざけてるようで、全部こっちの動きを把握してる」
「アレ、明らかに“感知型AI”ベースだな。体は人間でも、動きはBotに近い。ログを先読みしてる」
げーみんぐがそう呟いた瞬間。
「はーい、正解っ♡」
ozeがげーみんぐに向けて、まるで祝福でもするかのように指を突き出した。
「君のID、@zzfmですっごい好きだったけど……今から“@sleepykid”にするね♪」
「なっ……!」
次の瞬間、空間にズレが走る。
げーみんぐのID表示が、瞬間的に別のものに塗り替えられる。
「――ッ!? う、動きが……重い! 認証拒否か……!?」
なゆが駆け寄る。
「大丈夫、まだログインセッションは生きてる!完全奪取まではいってない!」
「でも、次食らったらアウトだな」
ハルがozeと向き合い、ふうと息を吐いた。
(……こっちが一方的に削られてる。チャンスを作らなきゃ)
その時、ozeの口元がわずかに歪んだ。
「そろそろ飽きてきたな~。やっぱ弱いとつまんないんだよね。
一発で崩れるようなIDなんか、存在してる意味ないし」
「言ってくれるな」
げーみんぐがポケットから小型デバイスを取り出した。
「……使うのか?」
ハルが目を見開く。
「“それ”は、ST対策用に封印してたはず……!」
「こうなった以上使うしかないだろ。こんなクソガキにやられっぱなしでいられるかよ」
げーみんぐはニヤリと笑う。
「“IDミラー”デバイス。こっちのIDを、0.5秒だけ別の文字列に偽装する――」
「その間に、直接ぶちかますってわけね」
げーみんぐも苦笑する。
「おっけー、やるなら今だ。3秒くらいなら時間稼ぎできる」
ハルがozeに近づく。
「おい、oze」
「なあに~?」
「お前、ちょっと“名前”に執着しすぎじゃねぇ?」
「うん。だって“名前”がないと、誰にも振り向いてもらえないじゃん?」
一瞬、ozeの瞳が――悲しそうに揺れた。
そして、次の瞬間。
「IDミラー、起動!」
「IDチェッカー、発射!」
「っ……何!?」
「お前のID、見抜いたぜ。」
空間に一瞬だけ広がる「虚無」。
IDが存在しない“穴”のような空間。
その中心を、ハルの拳が突き破った。
ドン!
「ぐ……あ……!?」
初めて、ozeが本気で吹き飛ばされた。
ハルの目が細まる。
「お前がどんなにすげぇ能力持ってても――
“直でぶん殴れる距離”なら関係ねぇよ」
ozeは地面に転がりながら、笑っていた。
「……っひひ、やるじゃん。痛い……でも……おもしろ」
その顔は、泣きそうで、笑っていた。




