第3試行 first game
ハルは、なゆを連れて郊外の廃工業地帯へと向かっていた。
かつて物流拠点だったはずの建物群は、今では地図にも載っていない。
通信インフラも切られ、監視ドローンの巡回すら来ない “空白地帯”。
ハルが案内したのは、さびれた鉄のシャッターが降りたままの工場だった。
「ここ……誰か住んでるの?」
なゆが警戒したように訊いた。
「ひとりだけ。俺の知り合いだ。変わり者だけど腕は確かだよ」
春日がドア横の端末にコードを入力すると、低く機械音が鳴り、内側からロックが外れる。
ギィ……とシャッターが少しだけ持ち上がる。
中から現れたのは、黒髪の少年だった。
肌は白く、目つきは鋭い。年齢はハルと大して変わらない。
パーカーの下からはケーブルが覗き、小型の携帯端末を首からぶら下げている。
「……よう。ずいぶん久しぶりだな、ハル」
「朝から悪いな。頼みがある」
げーみんぐ――それが彼のハンドルネーム。
一切の自動化を拒み、手動でIDを奪取することに命を賭けている変人。
この場所は彼の拠点であり、誰にも居場所を知られていない“穴蔵”だった。
なゆを一瞥したげーみんぐが、眉をひそめた。
「女か? お前が連れてくるとは意外だな。……入れよ」
内部は、外観とは裏腹にしっかり整備されていた。
ラックに収まった複数のモニター、壁を這う配線、自家発電システム。
工具やノート端末が散乱している一角は、まるで基地のようだった。
「一応聞くが、政府絡みか?」
げーみんぐが簡潔に訊いた。
「STに追われてる。理由は……この子が“二文字”持ちだからだ」
「……二文字?」
一瞬、空気が静まる。
げーみんぐが視線をなゆへ向ける。
「見せてもらっても?」
なゆは無言で頷き、端末を差し出した。
そこには、ひっそりと、それでいて強烈な存在感を放つIDが表示されていた。
@00
げーみんぐは目を細めて、画面をじっと見つめた。
「……本物だな。しかも、これ……改行?」
なゆは少しだけ息を呑んだように反応したが、否定はしなかった。
「……都市伝説だと思ってたけど、本当にいるとはな。改行者」
げーみんぐは息をつくと、モニターの前に戻りながら言った。
「しばらくここに隠れるなら、協力はする。ただし、ルールは守れ。俺の環境に手は出すな。寝る場所はあっちのソファだ」
「助かる」
春日は礼を言い、なゆの方を振り返った。
なゆは、まだどこか緊張している様子だったが、それでもはっきりと頷いた。
「ありがとう。本当に……助かった」
彼女の声はかすかに震えていた。
だが、それは弱さではなかった。今にも崩れそうだったものを、必死で支えるような、芯のある震えだった。
その瞬間、部屋の片隅のモニターが小さく赤く点滅した。
「……接続リクエスト? いや、拠点へのログイン試行だ。
連中、こっちに気づいたかもな」
げーみんぐが冷静に呟く。
なゆの目に、ふたたび強い警戒の色が浮かぶ。
春日はソファに腰を下ろしながら、モニターの光を見つめた。
「もう後には引けねぇな」




