第14試行 没収者の影
指定された座標は外苑の東端、廃墟となったIT研究施設だった。かつては最先端技術を研究していた場所も、STによる情報統制以降は閉鎖されている。
「こんな場所に……」
ハルが瓦礫を跨ぎながら呟く。ねぐが端末で施設の設計図を解析している。
「地下に未使用のサーバールームがある。恐らくそこだ」
四人が地下への階段を降りていくと、異様な気配を感じた。埃っぽい空間のはずなのに、空気が澄んでいる。そして微かに響く電子音。
「誰かいる」げーみんぐが警告した。
広大なサーバールーム。無数の筐体が並ぶ中、中央に一人の人影があった。スーツ姿の男性が椅子に座り、大量のモニターを眺めている。年齢は四十代半ばといったところか。細身で、鋭い眼光が印象的だ。
「よく来たな、げーみんぐ」
男が振り返らずに言った。名前を知られていることにげーみんぐの眉が動く。
「どうして俺のことを?」
「俺は加納。没収者の組織を束ねている。君のことはよく知っている」
げーみんぐの表情に一瞬の緊張が走るが、すぐに平静を装った。
「なぜ呼び出した?」
加納は立ち上がり、ゆっくりと歩み寄ってきた。その目は計算された冷徹さを湛えている。
「君たちの技術は評価している。特に……」加納は視線をねぐに向けた。「彼のプログラミング能力は興味深い」
ねぐが警戒して一歩下がる。
「目的は何だ?」ハルが前に出る。
「単刀直入に言おう」加納はモニターの一つを指さした。「STの『改行病ワクチン計画』について知りたくないか?」
「!」
なゆが思わず息を呑んだ。ハルとねぐも反応する。
「何故それを?」げーみんぐが問う。
「我々にも改行病の患者を持つメンバーがいる。情報共有が必要だ」
加納は一枚のディスクを取り出した。
「これにはワクチン開発チームのリストと、最新の試作品データが入っている」
「信用できるのか?」ハルが腕を組む。
「選択肢は少ないはずだ」加納の口元に薄い笑みが浮かんだ。「それに……もう一人のお客さんも興味を持っているようだ」
天井近くのパイプから軽快な足音が聞こえた。人影が舞い降りてくる。
「はじめまして♪」
長い髪を一つにまとめた少女――むめーが軽やかに着地した。二十歳前後と思しき若さだが、その目には老練な光が宿っている。
両手には小さな電子デバイスが握られていた。
「むめー。彼女は我々の優秀な技術者だ」加納が紹介する。
げーみんぐの瞳が僅かに揺れたのを、むめーは見逃さなかった。
「ふぅん……」
むめーはげーみんぐの顔をじっくりと見た。
「なんか面白い子だね。どこかで会ったことあるような……」
げーみんぐは素知らぬ顔で答える。
「初対面だと思うが?」
「そうだっけ?」
むめーは意味ありげに笑った。ハルとねぐは二人のやりとりに疑問を感じるが、今は問い詰めるタイミングではない。
「本題に入ろう」加納が話を戻す。「ワクチンの情報を提供する代わりに……」
その時、施設全体に警報が鳴り響いた。STの特殊部隊が施設周辺に展開しているとの通知だ。
「お出ましか」加納が不敵に笑う。
「早すぎる……!」げーみんぐが悔しげに舌打ちした。
「これは私にとって想定内だ」加納が言った。「むめー、準備は?」
「OK!」
むめーが両手のデバイスを宙に投げると、光の粒子が広がり、複雑な投影図を描き出した。ハルは驚愕した。STの部隊配置と進行ルートがリアルタイムで表示されている。
「これは……」ねぐが唸る。
「私の得意技♡」
むめーがウインクした。
「あいつらのネットワークに『くちばし』突っ込んでるの。どんなデータも吸い取っちゃうよ♪」
「出入口は全部封鎖される。だが……」加納が壁の一部に触れると、隠し扉が現れた。「この裏口を使え。郊外に出られる」
「協力する前提で通してくれるのか?」
ハルが警戒しながら尋ねる。
「無論だ」加納は真剣な表情になった。「君たちには特別な価値がある。特に……」
再びげーみんぐに視線を向けた。
「君の頭脳は貴重だ」
げーみんぐの喉仏が僅かに動いたが、何も言わなかった。
「決断の時間はない」加納が扉を開く。「選べ」
四人は互いに顔を見合わせた。ハルが代表して口を開く。
「条件は?」
「まずは友好的関係を築くことからだ」加納は淡々と言った。「その後で交渉しよう」
ハルはちらりとなゆを見る。彼女の表情には決意が浮かんでいた。
「分かった」
ハルは頷いた。「だが俺たちを利用することは許さない」
「お互い様だ」加納が応じる。
四人が裏口へ向かおうとした時、むめーがげーみんぐを呼び止めた。
「ねぇ、本当に初対面?」
げーみんぐは一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸った。
「……ああ」
むめーは首を傾げたが、それ以上追及はせず、明るい声で言った。
「また会おうね♪ 今度はゆっくりお話しよう!」
「行くぞ!」
ハルの呼びかけに応じてげーみんぐが駆け出した時、加納の小さな呟きが耳に入った。
「やはり君の才能は輝いているな……」
その声はあまりにも小さく、他の誰にも聞こえないほどだった。




