第13試行 外苑の影
拠点の薄暗い廊下に、三人の緊張した足音が響いた。
「最後の確認だ」げーみんぐが小型端末を操作しながら言う。「原宿外苑の監視網はSTの標準仕様から三世代古い。俺の偽装コードなら通用する」
「けど問題は『没収者』だよな」ハル。「連中がうろついてるって噂は本当なのか?」
「噂どころじゃない」ねぐがタブレットを見せた。「この一週間で三件の侵入記録。いずれも未登録端末からのアクセスで、痕跡が一切残ってない」
なゆが黙って聞いていた。朝食を取ったきり口数が減り、時折咳き込んでいる。
「大丈夫?」ねぐが気づいて声をかける。
「うん……ちょっと乾燥してるだけ」
彼女は咳払いをしながら首を振った。
雨上がりの路面が夕日に照り返す原宿。一見すると日常風景だが、STの監視ドローンが不自然なほど頻繁に飛び交っている。
「目的地はあのビル」
ハルが古びた商業施設を指さした。周囲にSTの警備員が立ち、一般人は近づけない雰囲気だ。
「裏手の排水路から進入する」げーみんぐが図面を拡大する。「下水道経由でB区画に抜ける。監視カメラは全てクラック済み」
四人は人気のない裏路地へ回り込んだ。ねぐがハッキングツールで地下格納庫のシャッターを開け、一行は湿った空気の中へ潜り込む。
「くさい……」なゆがハンカチで口元を押さえた。
「我慢しろ」ハルが先導する。「もうすぐだ」
下水道の先には放棄された地下ケーブル室があった。配線が蜘蛛の巣のように絡まり、ホコリを被った機材が積み重なっている。
「ここで間違いなさそうだ」げーみんぐが端末を操作する。「ネットワークの基幹ケーブル……切断された跡がある」
床に散らばった配線の束をねぐが調べる。
「切断面がきれいすぎる。専門知識がなければこうは切れない」
「誰かが情報を抜き取ったってこと?」
なゆが周囲を見回す。隅の壁際で、何かが光った。
「あれは……?」
壁に埋め込まれた小さな装置。表面には削り取られたような痕跡がある。
「STの新型監視チップか?」ハルが慎重に近づく。
「違う」げーみんぐがしゃがみ込んで覗き込んだ。「これは……」
装置の裏側に薄い金属プレートが貼り付けてあった。細かい数字と記号が刻まれている。
「暗号化されてる」
ねぐがスキャナーで読み取るが、解析不能と表示された。
「これは没収者のサインだ」げーみんぐがうなずく。「彼らは独自の符号体系を使う……俺ですら解読できなかった」
「つまり、ここにいたってこと?」
なゆの問いに全員が頷いた。壁際には他にも奇妙な痕跡があった――床の埃が特定のパターンで掻き消されている。
「何かを置いて行ったみたい」ハルがしゃがんで調べる。「これは……座標か?」
床のパターンが特定の地点を示していることに気づいた。原宿外苑の別の区域だ。
「おい、上だ」
ハルが素早く合図する。上層から足音が聞こえた。
「STの巡回隊か?」
「違う……もっと軽い足音だ」げーみんぐが警戒する。「複数人……しかも規則的じゃない」
「逃げるぞ!」
四人は急いで出口へ向かった。通路の奥で金属音が響く。何かが動いている。
「あれは……」
曲がり角の向こうに黒いシルエットが見えた。STの制服ではない――暗闇に溶け込むような黒い装備を身に纏った人影だ。
「見つかった!」
急いで引き返す一行。地下道を駆け抜ける中、なゆが転びかけた。
「大丈夫か?」
ハルが支えると、彼女の手が微かに震えていた。
「なんでもない……ただの立ち眩み」
だが彼女の目には焦りが浮かんでいる。
喉元を押さえる仕草が気になる。
ようやく地上へ出た四人。振り返ると、地下への入り口は既に閉ざされていた。
「追ってくると思ったけど」ハルが呟く。
「いや」ねぐが深刻な顔で言った。「彼らは最初から……私たちが来るのを知っていた」
げーみんぐの端末が警告音を発した。
「まずい……STの増援部隊が近づいている。ここはもう安全じゃない」
「逃げるか?」
「いや」げーみんぐが示した座標を指さす。「没収者が残したメッセージ……あの地点に何かある」
「罠かもしれないぞ」
「だとしても」げーみんぐが真剣な眼差しを向けた。「原宿外苑で生き延びるには……彼らの協力が必要だ」
なゆが再び咳き込んだ。今度はより長く、苦しそうに。
「もう行かないと」
彼女の声が微かに歪んでいるのに、誰も気づかなかった。




