第1試行 取得可能は、突然に。
この世界では、IDは“力”だ。
政府が運営する統合SNS──"X"。
国民すべてに固有のIDが割り振られ、それが生活の中心となっている。
仕事、買い物、医療、恋愛、通信、移動、行政手続き……
“名前を持たぬ者”など、この世界にはいない。
だがそのIDに、もうひとつの意味が生まれた。
「レアID」。
短く、意味のある語や数字列で構成されたIDは、希少性から高い価値を持つ。
@0、@god、@fire、@ai──
所有するだけで、社会的信用が跳ね上がり、
特に官僚や実業家、著名人など高位の人間たちは、揃って“名”を持っていた。
ただし、政府組織そのものはIDを持たない。
彼らはIDを“管理する側”であり、“競う側”ではない。
名を奪い、守り、見せつけるのは、あくまで“人間”だ。
ID争奪戦は、日常の裏側でひそかに激しさを増していた。
IDが解放される瞬間を狙うスナイパーたち。
昼夜を問わずIDを監視するチェッカーたち。
自動化されたbotやAIも動き回っている。
数万、数十万の試行が秒単位で行われ、
それでもなお、掴み取る者は現れる。
「……取れた……!?」
少年の声が、夜の部屋に静かに響いた。
深夜2時17分。
白いモニターに、たった一行の文字列が浮かぶ。
@22822
取得成功。
ハル...本名、春日ひかる。15歳。
彼はつまらなそうに、5桁のIDを00001から一つ一つ手動で試していた。
ただひたすらに、指先で番号を打ち込み、
反応を確かめ、
空きがあれば取得を試みる。
アルゴリズムの壁は厚いが、
運よく通信のタイミングがずれた瞬間を、偶然に捉え、取得したのだ。
彼は自らをこう呼ぶ。
「ハンドラー」
自動化に抗い、指先で名を掴む者。
彼らには唯一の矜持がある。
「絶対に、自動化ツールは使わない」
誰もが機械に頼る中、彼とその仲間だけがひたむきに手動で探す。
滑稽に見えるかもしれない。無謀に思えるかもしれない。
だが、彼はその手で一つの“名”を掴んだ。
@22822──
これは、5桁すべてが数字のID、いわゆる5n IDだ。
さらに「2」と「8」の2種類の数字のみで構成される、5n2uと言う珍しいタイプ。
文字数も種類も限定された、レアな部類のIDだった。
「次は……4桁か、いや3文字も取ってやる」
春日はつぶやき、またキーボードに指を置く。
誰よりも遅く、
誰よりも手動で、
だが確実に、
彼は次なる“名”を目指していく。




