ごろごろと風鈴が鳴った
チーコは生まれつき目が見えない。だから、音のない世界でたった一つの目印が、商店街のはずれのお地蔵さまの頭上で鳴る。
ちりん、と風鈴の涼しい音がすると、白い杖で道をさぐりながら足を止める。小さなお地蔵さまの前で。
「おじぞうさま、きょうも来ました。どうか、友だちができますように」
台座のまんなかだと思う場所に、小さなお菓子をそっと置いた。ほんとうは、お地蔵さまなんてないのだけれど。
ずいぶんと前に撤去されたことをチーコは知らない。
そのとき、少し離れた植えこみのかげで、茶色い猫がうずくまっていた。片耳に傷のある、おとなしい猫だった。
ちりんと鳴ると、素早く台座へ跳びのった猫は、お地蔵さまさながら背筋をピンと伸ばした。チーコの指先が、ほっぺから胸元に触れた。
「きょうもふわふわですね。おじぞうさまは、夏なのに暑くないんですか? 明日はアイスクリームもってきますね」
チーコは、猫のけなみを、だれかが巻いたマフラーか何かと思っていた。
もう一度、「友達ができますように」と繰り返すチーコはくすっと笑うけど、猫はひげ一本動かさない。足音が角を曲がりきるまで、石のふりをつづけた。
ある日、夕立のあとで風がひんやりしていた。チーコは足下がぐずつく中、ゆっくり歩いて耳をすます。
「……風鈴、なくなっちゃったのかな?」
頭のうえの風鈴は、いつのまにか外されていた。
「どうしよう」小さな声はふるえ、地面に虚しく杖が何度も叩かれた。
そのとき、猫の胸のおくがひりついた。それはずっと野良猫として生きてきた勘。あわてて台座へ跳びのる。
「おじぞうさま。きょうも、友だちができますように」
チーコはまったく違う方向をみて手を合わせていた。目印を失い途方にくれている。
その様子に猫は決意した。
もう、石のふりはできない。 鳴いてしまったら、すべてばれてしまう。だから口をとじたまま、かわりに喉を鳴らすことにした。
「ごろごろ、ごろごろ」と。
猫が心配な面持ちでながめていると、声に導かれるようにチーコが手を伸ばしてきた。もそもそと辺りをさぐっている。
「あった! ここだ」
毛なみに触れた手があたたかい。
チーコは手を合わせた。
「いつも、ありがとう」
そして、にこりとして言った。
「またね。わたしのお友だち」




