ガチ恋を殲滅することを決めた日。その3 アーカイブを見る
「で、どんな配信やってるんだ?」
月宵空のチャンネルページを開きながら、画面に並ぶサムネイルを指でざっとスクロールする。
カラフルなテキストと、銀髪の少女の顔がずらりと並んでいた。
「へえ、雑談が多いのか」
サムネイルの半分くらいに「雑談」とか「おしゃべり」とかいった文字が大きく載っている。
その横で、銀髪の少女がほほ笑んでいる。髪先にだけ淡い青が差していて、瞳は夜空のような暗い藍色だ。おそらくこの少女が「月宵空」なのだろう。
有名なイラストレーターに描いてもらったのか、それともファンアートなのか。どの絵も、素人目に見ても線がきれいで、色の塗り方にも統一感があった。
「なんかおすすめの配信とかあんの?」
どの配信アーカイブを見るか決めかねて、隣に座っている紗由のほうを向く。
ソファのクッションに半分沈み込みながら、彼女は俺のスマホ画面を覗き込んでいた。
「高評価が多い配信とかあったかな…。うーん、最近の雑談とかでいいと思うよ」
「最近の、ね」
言われた通り、上のほうに並んでいる新しいアーカイブを眺める。
三日前の「【雑談】近況とか、最近の話とか【月宵空】」というタイトルが目についたので、サムネイルをタップした。
画面いっぱいに、配信の待機画面が広がる。
淡い紫と紺色を基調にした背景に、「STREAMING SOON…」といった文字が踊っている。
端のほうでは、LOADING画面みたいに、ドット絵の月宵空が、ちょこちょこと歩いたり、座ったりしていた。
スマホのスピーカーから、ゲームのタイトル画面みたいな、ゆるいループBGMが流れ出す。
待機画面で何分も待つのは居心地が悪かったので、スクロールバーをつまんで、指でぐっと右へ動かした。再生位置をざっと十分くらい先に飛ばす。
一瞬、画面が暗転し、次の瞬間にはサムネイルで見かけたのと同じ銀髪の少女が、画面中央に大きく表示された。
さっきまでただの絵だったキャラクターが、まばたきをし、髪を揺らし、口を動かしている。立ち絵が滑らかに揺れて、表情がころころ変わるのを見ているだけで、妙な現実感が湧いてくる。
「最近ね、同期の3人で一緒にご飯食べに行ったの」
画面の中の月宵空が、弾むような声でしゃべる。
その音声が、さっきまで隣にいた紗由の声と同じものだと理解するのに、一瞬だけタイムラグがあった。
自分が知っている紗由の声よりワン、いや、ツートーンくらい声が高い。
改めて聞いてみると、アニメのキャラクターと言うには少し素人っぽさが残っていて、かといって日常の紗由そのままというわけでもない。その中間あたりに着地させたような、不思議な声だった。
「どこ行ったと思う?」
そう言って、月宵空は画面のこちら側――配信を見ている人たちに語り掛ける。
問いかけに合わせるように、コメント欄が一気に活発に動いた。
《焼肉!》
《オシャレなイタリアン》
《ラーメン!同期ラーメン!》
《どうせ肉でしょ》
コメント欄が、予想で一瞬にして埋まっていく。
文字列が縦に伸びては、上のほうから順に消え、また新しい列が生えてくる。
「焼肉! おしいな~。実はね、みんなでしゃぶしゃぶ行ってきました~」
語尾を伸ばしながら、月宵空が小さく胸を張る。
《いいね》
《やっぱ肉だ!》
《同期しゃぶしゃぶはええな》
コメント欄に「肉」の二文字がいくつも流れていくのを、俺はぼんやり眺める。
「なんかね、よくある食べ放題のお店なんだけど、スープが二種類選べるやつで」
アバターの前に、見えない鍋を置くように、手がふわっと動く。
「片方は豆乳鍋で、もう片方はピリ辛の、多分キムチ?のやつにしたの。で、同期の子たちと『どっちから行く?』とか言いながら、まずはお肉と野菜をたくさん運んでもらって」
《絶対うまいやつ》
《キムチ鍋派です》
「最初はね、みんな遠慮してて、『どうぞどうぞ』ってやってたのに、五分後には誰も気にせず鍋に肉ぶち込んでた」
月宵空がくすっと笑う。
目の前の画面の中で、銀髪の少女が肩を揺らすたび、髪の先がほんの少しだけ跳ねる。
「しかもさ、薄切りの肉がさ、どこの部位なんだろ? わかんないんだけど、めちゃくちゃ美味しくてぇ……」
《飯テロやめてもろて》
《腹減るわ》
《空ちゃんが食べてるなら同じ肉食べたい》
《空ちゃんの箸つけたところから食べたい人生だった》
一瞬、コメント欄の中に、ちょっと温度の違うコメントが混ざる。
他の軽いノリの文字列と同じフォントだが、感じる印象が違う。これがガチ恋勢なのか。
「みんな肉ばっか食べているから、『そろそろ野菜も食べようね~』って海見が言うんだけど、みんなお肉が大好きでさ、取り皿の上が肉で埋まっていくの」
海見というのは、同期の一人らしい。同期の中でもまとめ役、リーダーみたいな感じなのだろうか。
《あるある》
《結局肉ばっかりになるやつ》
《みんな若えわ…》
「でも、ちゃんと野菜も食べたよ? たぶん。えっと……白菜と、えのきと、豆腐と……」
アバター上では表現されていないが、指でも折りながら数えているのか、一つずつわざとらしく数え上げる。
紗由は野菜がそんなに好きではない。白菜も本当に食べたのか疑わしいものだ。
《豆腐は実質大豆だから野菜でええか》
《きのこもギリ野菜か》
《空ちゃんそれ“野菜食べた”カウント甘くない?》
《ちゃんと栄養考えてる空ちゃんえらい、嫁にしたい》
《俺が毎日バランス考えてご飯作るから養われて??》
「細かいことは気にしないの!」
そう言って笑う声が、スマホのスピーカーから軽く弾んで聞こえる。
隣の紗由の横顔をちらりと見ると、本人はなぜか、少し照れたような顔で画面を眺めていた。
「でね、そのうちおなかもいっぱいになってきたから、シメをどうしようかって話になって。ラーメンかうどんか、おじやとか」
月宵空は、少し真剣な顔つきになる。
「もうね、みんな真剣。ほんと真剣に悩んだ」
《重大な会議》
《シメ会議あるある》
《ラーメン派です》
「私はね~……ラーメンだね!」
《わかってるわ》
《うどんも捨てがたいけどラーメンの誘惑》
《[悲報]おじや派、少数民族だった》
「同期の六花ちゃんはご飯派みたいで、キムチ鍋の方にはご飯いれたの。で、豆乳鍋の方には私の希望通り麺をぶち込んだの」
「しばらくしたら、どっちもできあがってね、最初は豆乳鍋のほうを食べてたんだけど、向かいで六花ちゃんがおいしそうにキムチのおじや食べ始めてるの。そしたらどっち食べたくなっちゃってさ……。どっちも食べちゃった」
笑いながら、茶目っ気たっぷりに報告する。
《絶対うまいやつ》
《炭水化物の二刀流は罪》
《空ちゃんが「食べすぎちゃった~」って言うとこまで含めて優勝》
《そんなに食べるなら、将来のために俺の稼ぎもっと増やさなきゃな(本気)》
「でも、さすがに食べすぎちゃってね。お店出たとき、私含めてみんな静かになっちゃった」
《それはそう》
《会計後の沈黙》
《満腹になりすぎるしゃぶしゃぶ、ある》
「駅まで歩きながら、『次集まるときは、もうちょっとセーブしようね……』って話してた。まあ、たぶん、次も同じくらい食べるんだけど」
そう言って、いたずらっぽく笑った。
《学習しない系女子会》
《そこまで含めて幸せでは》
《空ちゃん、次は俺と二人でしゃぶしゃぶ行こうね。ちゃんとエスコートするから》
《空ちゃんのこと世界一幸せにする自信あるから、いつでも席あけといて》
月宵空は、ふう、と息をつくような仕草をする。
「そんな感じで、同期しゃぶしゃぶ会でした。ちゃんと食べて笑って帰ってきたので、わたしは元気です」
《報告ありがとう》
《いいご飯会だ》
《同期仲良さそうで安心した》
《俺は空ちゃんが元気ならそれでいい。仕事も配信も全部やめて、うちにおいでっていつでも言えるようにしてる》
流れていくコメントを見ながら、俺はそっとスマホを持つ手を緩めた。
若い女の子の日常、といった感じで、大した話ではないが、楽しそうにしゃべる様子は、見ていて悪くない。
ただ、その合間に、ときどき混ざるいくつかの文字列は、確かにVtuber月宵空に対して、強い好意、熱量を感じるものがあった。
これがガチ恋勢か。




