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コラボカフェ2

 紗由がいた。

 ガーリーな雰囲気のフリルがついたワンピース。膨らんだ袖が上品でかわいらしさを醸し出していた。前に着ているのを見たことがあったので、記憶に残っていた。


 顔は隠しているが、背格好や体形は見覚えのある姿。

 それに、自分は兄だ。流石に妹を見間違いはしない。


 それにしても……。

 テレビに出るような超有名人が外出しているのかと疑うほどに、徹底した変装。

 店内にあんな不審者がいたら、いやでも目立つ。




「すみません、ちょっとトイレに行って来ます」


 そう一言言って、席を外す。

 霧島さんは、わかりました、と和やかに返す。


 座っていた席から少し離れた位置までやってくる。

 そして、トイレの手前のスペースで、電話をかける。


 ワンコール、ツーコール、スリーコール。

 出た。


「おい」


「えっと、どなたですか?」


「惚けられるわけないだろ、紗由。何してるんだ?」


 あくまでしらを切るような発言に対し、呆れながらも問いかける。


「………」


 数秒の間、沈黙する。続きを促そうと口を開こうとしたとき、紗由が口を開いた。


「……はあ。お兄ちゃんがコラボカフェ行くって家族の共有カレンダーに書いてたでしょ」


 確かに書いた。11:30、暗魂コラボカフェと。

 両親の希望で、一ノ瀬家はカレンダー情報を共有している。だから紗由も見ようと思えば、自分の予定を確認できる。個人用のカレンダーと分けていたつもりだったのに、間違って書き込んでしまったらしい。


「変だなと思って。お兄ちゃん友達多いタイプでもないし。コラボカフェとか誰と行くんだろう、って」


「それで気になって、跡を付けてきた、そういうことか」


 紗由は、うん、と小さな声で返事をする。


「あのさ、お兄ちゃん」


 一瞬の沈黙の後、意を決したように続けた。


「なんだ?」


「お兄ちゃんとあの女の人って付き合ってるの?」


 思わず吹き出しそうになった。気になっていたのはそこか。


「別に、そういうんじゃない」


「ほんと?」


「ほんとだよ」


 俺が女性に奥手なこと知っているはずなのに、妙な心配しているようだった。


「ほんとにほんと?」


「ほんとにほんと」


 よほど気になるのか、念押しの確認だった。


 そっかあ……、とスマートフォンから心なしか、明るい声がこぼれる。


「まあ、お兄ちゃんみたいな彼女いない歴=年齢の人間と、あんな美人、釣り合うわけないよねー」


 余計なお世話だ。


「もしかして、彼女代行とかそんなやつ?」


 金で女を買うような男だと思われているらしい。心外だった。


「ちがうちがう。とりあえず、後で話すから」


 どうやら、紗由の中で、霧島さん=姫川ユリナだと結びついていないらしい。

 声でわかる……とも思ったが、席も遠いので声も満足に聞こえないはずだ。

 まだあったことのない同じ事務所のライバーはたくさんいる、と言っていたが、そのうちの一人ということだろう。


「わかったけど……」


「嘘ついたり、誤魔化したりしたら、ダメだからね」

 電話越しではあったが、こちらをじっと見つめているような気がした。


「夜、また話そう」


「うん、わかった」


 そう言って、俺は電話を切った。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 5分ほど話をしていただろうか。席に戻ってみると、霧島さんがテーブルに届いた料理を興味深そうに眺めていた。


 視界の隅には、紗由が映る。こちらのことを気にしつつも、料理は注文していたようで、褐色の原盤おそらくクッキーが載ったケーキを食べていた。

 一旦、紗由のことは置いておこう。意識して見ないようにする。紗由のことばかり気にしていると、霧島さんに失礼だし、この瞬間を楽しまないのはもったいない。


「あれ、もう料理来たんですか」


 帰ってきたことに気が付いた彼女は、おかえりなさい、といった。


「はい、さっき来て。私だけ先に食べるわけにもいかないので、待ってました」


席を外した俺を待ってくれていたらしい。ありがたいことだった。


「すいません、待たせてしまって」


「いえいえ、じっくりと料理を観察できました」


 写真を撮っていたのか、スマートフォンが机の上に置かれていた。


「じゃあ、食べますか」


「食べましょう」


 机の上に並ぶのは、エリンギの丸焼き、腐ったドラゴンの腕肉、白くべたつくソース付きチキンナゲット。それぞれ、二人分並んでいた。


 皿は小さめで、若い男性だと物足りないかもしれないが、軽めのランチと考えれば、十分な量だった。


 対面に座る霧島さんはドラゴンの腕にナイフを入れていた。表面は粘ついており、ナイフの刃を当ててから離すと糸が引いた。納豆やオクラみたいだ。

 ナイフがある程度まで通ると、中から肉汁が飛び出す。その色は着色料でも使っているのか、真っ赤だった。


 うわあ……。


 思わず、そんな言葉が飛び出る。グロテスクの一歩手前の光景だった。


 彼女もわずかに怯みはしたが、好奇心が勝つようで、興味津々に一口大に切った肉を口に運ぶ。


「う、おいしいです」

 口に入れる瞬間、わずかに顔をしかめたが、すぐに感想を言う。


 最初に『う』と言ったのが気になるが、しっかりと噛んでいるし、パクパクと口に運んでいる。見た目はちょっとどうかと思うが、味に問題はないらしい。


 俺も食べてみよう。

 ナイフを入れると、同じように赤い肉汁が飛び出るが、一度みたので、そこまで驚きはしなかった。


 少し大きめに切ると、フォークで突き刺して、口に入れる。


 最初、竜の皮膚を模した部分、ベーコン的な感触がした後、中のハンバーグのような部分が遅れてやってくる。


 普通に旨いな、これ。創作料理として考えたら、ありな気がしてきた。


「意外と、いけますね」


「ちょっと見た目はアレですけど、ちゃんとした料理でしたね」

 霧島さんが微笑む。唇が肉汁で濡れて、赤く染まっていた。


 見た目がアレ、というのは少し失礼かもしれないと思ったが、同意せざるを得なかった。

 まあ、ウロムゲーってこういうとこあるしな。コラボカフェも雰囲気全開だ。


 そのあと、エリンギの丸焼き、白くべたつくソース付きチキンナゲットを順に食べる。


 エリンギ自体に味が染みていて、噛む毎に風味が口内に広がる。歯ごたえもあって、いい触感だ。

 白くべたつくソースは、恐らくホワイトソースだろうか。ほんのりとした甘さがナゲットと案外合う。


 どちらも十分なほどに旨かった。


「そういえば、一ノ瀬さんって何歳なんですか?」


 エリンギをフォークで刺しながら、霧島さんが聞いた。


「24歳ですけど」


「やっぱり」と彼女は言った。


「年上だと思ってました」


「そう見えます?」


「見た目的には同年代だと思ってたんですけど、雰囲気がお兄ちゃんっぽい感じがして」


 笑いながら言う。この人、紗由との関係を知らないだろうに。

 勘が鋭いというか、人をよく見ているんだろう。


 霧島さんの質問は止まらなかった。


「なんの仕事されてたんですか?VTuberになる前」


「……フリーターでした。就職活動する気にならなくて、大学卒業してから居酒屋でバイトを」


 我ながら、あまり聞かせられる経歴じゃない。


「えっと、大学はどうだったんですか?」


「最初はちゃんと行ってたんですけど、バンド活動ばかりに力入れすぎて、単位はギリギリでした。お情けで卒業させてもらった感じです」


 苦々しく笑う。言葉にすると改めて情けなかった。


「あ」と霧島さんが言った。


「私も同じです」


「3月まで大学生だったんですけど、ゲームと配信ばかりしてて、単位ギリギリでした」


 見た目は真面目そうなのに、と思ったが、口には出さなかった。


「同じですね」


 そう言って、少し笑った。


 しばらく食べながら話した。特別なことは何もなかった。ただ、なんとなく、さっきより距離が縮まった気がした。


「バンドやってたってことは」


 と霧島さんが少し身を乗り出した。


「歌、好きだったりします?」


「ボーカルだったんで。歌うのは好きですね」


 その瞬間、霧島さんの顔がほころんだ。落ち着いた雰囲気の声が少しだけ崩れた。


「じゃあ、今度教えてもらえませんか。私、歌に自信なくて」


 歌を教える。正直、難しいことだと思った。

 事務所に言えば、ボイトレの先生の紹介をしてくれるだろう。

 プロに教わるのが一番だ。そう思うのだが……。


「うーん、自信はないですけど、素人の教えでよければ」


 快諾してしまっていた。


 頼られるのは、悪い気はしない。

 

 しかし、本当にそれだけなのかは、自分でもわからなかった。




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