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【初見実況】鉄の咎人【灰城ベルン】

 翌日の22時。


『【初見実況】鉄の咎人【灰城ベルン】』と銘打たれた配信枠には、昨日の「腹の音」の切り抜き動画から流入してきた新規リスナーも含め、すでに3000人近い視聴者が集まっていた。


「同志たちよ、待たせたな。これより、我が灰城家復興のための新たな試練(ウロムゲー)を開始する!」


(ウロムゲー:高難易度ゲームで知られるゲームメーカー)


 努めてかっこつけた声で挨拶を済ませ、さっそくゲームをスタートさせる。


 キャラクリは、オーソドックスな戦士タイプ。元貴族の傭兵戦士という肩書が今の自分にぴったりだった。顔は少しこだわって、雰囲気を合わせてみたが、リスナーからの評価はイマイチだった。


《なんか顔長くない?www》

《キャラクリちょい下手か》

《アゴが凶器》

《没落してせいでアゴ長くなったんか?》


「……ふん。歴戦の猛者とは、得てしてこういう面構えになるものだ。貴様らにはこの機能美がわからんらしい」


 コメントの反応に対して、強がって言い訳をしつつ、本編へと進む。

 ダークファンタジー特有の陰鬱な世界観の中、灰城ベルン(アゴが少し尖っている)は順調にチュートリアルをこなし、最初のエリアへと足を踏み入れた。


 開始から2時間。日付が変わる頃。

 俺の前に、最初の巨大な壁が立ちはだかった。


『第一の門番、重装騎士ガルド』

 身の丈の倍はある巨大な戦槌を振り回す、全身甲冑のボスキャラクター。


「……ふん、ただの門番か。我が剣の錆にしてくれよう」


 余裕を見せて殴りかかったベルンだったが――開始わずか10秒。

 大振りの戦槌によるカウンターの一撃を喰らい、画面にはデカデカと赤い文字で『YOU DIED』と表示された。


《知ってた》

《ベルン様脳筋すぎるwww》

《もやししか食べてないから力が出ないんだよ》

《開始10秒で死ぬ貴族》


「……っ、今の攻撃は想定外だったな。こちらの攻撃にひるまないとは。想像よりも強靭が高すぎたな、うん」

 負け惜しみを口にしながら、すぐさまリトライボタンを押す。


 そこからが、本当の地獄だった。

 ガルドの攻撃は一撃が重い。そして、回避のタイミングがシビアすぎる。ローリングの無敵フレームを適切に攻撃に合わせないと、ノーダメージで攻撃を避けられない。何度も何度も潰され、叩き割られ、その度に『YOU DIED』の文字が画面を埋め尽くす。


 死亡回数が50回を超えた午前2時。

 コメント欄も徐々に疲労の色を見せ始めていた。


《ベルン様、もう今日はこれくらいにしとこう》

《明日仕事あるから寝るわ……おやすみベルン様》

《一回寝たら案外すんなりクリアできるかも?》


「同志たちよ、眠い者は先に休むがいい。だが、私は引かん。領地・金・権力。すべてをを取り戻すまで、貴族に安息の夜などないのだ」


 強がりではなく、俺の目には完全に闘志が宿っていた。

 アクションゲームの腕は平凡、いや、下手よりだ。でも、敵のモーションの予備動作、振り下ろされるまでのフレーム感覚、ディレイの秒数。それらを記憶し、指が自然に動くように、体に叩き込んでいく作業は、このジャンル特有の面白さだ。心が折れるどころか、少しずつ減っていく体力バーがたまらない。リトライする手が止まらなかった。


 午前4時。死亡回数120回。

 同接は1500人ほどに減り、コメント欄もまばらになっていた。俺は多少のリアクションをはさみつつも、画面を凝視し、ただひたすらにコントローラーを握りしめ、戦槌の軌道を読み続けていた。


 


 午前7時30分。

 外はすっかり明るくなり、通勤や通学の準備を始める時間帯。

 昨晩の配信を見ていたリスナーたちが、ふとスマホを開き、YouTubeの登録チャンネル一覧を覗き込んだ時。


 灰城ベルンのアイコンの横には、未だに赤い『LIVE』の文字が点灯していた。


《は? え、嘘だろ?》

《おはよう。まだやってるの草》

《9時間半経過……マジかよこの貴族》

《朝起きてきたリスナーのせいで同接増え始めて草》

《朝活たすかる》


 朝起きて「まだやっている」という異常事態に気づいたリスナーが次々と戻ってきた。


「大振りの後は、右薙ぎ払い。大振りの後は、右薙ぎ払い。大振りの後は、右薙ぎ払い……」


 ブツブツとつぶやく俺の声は、長時間の配信と幾度もの絶叫で、すっかり掠れていた。

 だが、その目は徹夜明けにもかかわらず、バキバキだった。


 ガルドの重い戦槌が振り下ろされる。

 俺は回避を合わせ、次に来る右薙ぎ払いに対して、敵の攻撃を弾き返す「パリィ」のボタンを、完璧なタイミングで押した。


『ドゥーン』


 パリィを決めたときに発生する、気持ちの良い効果音がなり、巨大な重装騎士の体勢が大きく崩れる。すかさず、致命の一撃を叩き込む。

 死亡回数、実に214回目。

 9時間半にわたって俺を苦しめ続けたボスのHPゲージが、ついにゼロになった。


 重厚なエフェクトと共に、ボスが光の粒子となって消滅する。

 画面には『VICTORY』の文字。


 その瞬間、コメント欄が滝のような勢いで流れ始めた。


《うおおおおおおおおおおおおお!!》

《やったああああああ!》

《マジで勝った!?!?》

《寝る前と別人やんけ!》

《没落しても生きているだけあるわwww》

《ベルン様最高!ベルン様最高!》


 俺はコントローラーを机に置き、深く、深く息を吐き出した。

 全身の力が抜け、今すぐにでも気絶しそうなほどの疲労感が押し寄せる。

 だが、ここで気を抜いてはいけない。考えていたセリフを思い出す。


 俺は咳払いをして喉を整え、マイクに近づいた。


「……見たか、同志たちよ。これが、我が力、諦めない心。何度でも心の力で立ち上がり前に進む。〇級のリトライ、〇リトライだ」


《急にネタ言い出すのやめてね》

《草》

《ちょっと古くて草》

《集英社に怒られるぞwww》


 コメント欄が熱狂の渦に包まれる中、俺は「今日の配信はここまでとする。同志たちよ、良き朝を……」とだけ言い残し、配信終了のボタンを押した。


「……終わっ、た……」


 赤いLIVEランプが消えたのを確認した瞬間、カーテンから差し込む光を気にもせず、ベッドに倒れこむ。

 俺の意識は泥のような眠りへと真っ逆さまに落ちていった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――

【初見実況】鉄の咎人【灰城ベルン】

最大同接数:3766人

高評価:897

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