表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
quartet  作者: 田中タロウ
5/28

第5話 ナツミ 「本屋さん」

授業が終わると、私は一目散に教室を飛び出した。

そしてそのまま、校舎も飛び出し、校門の外へ。


目指すは駅前のロータリーのタクシー乗り場だ。


って、校舎から校門までが遠い!!!


どうしてこんなに遠いの!?



でも、それもそのはず。

校舎と校門の間を歩く人なんていないもんね。

業者の人か、電車通勤の教師くらい。

校舎から校門までが遠かろうが近かろうが、どうでもいいのだ。


生徒はみんな校舎のまん前まで、運転手つきの車で送迎してもらう。

もしくは、私や萌加、龍聖、健次郎みたいに、校舎のすぐ裏の学生寮に住んでいて、

そこから徒歩1分で校舎へ入るか。


4人とも家は学校から近いし、もちろん家には運転手も車もたくさんあるから、

家から通ってもいいんだけど、「寮ってちょっと面白そうだよね」と言うことで、

この4月から寮生活を始めた。

寮費は確か、1ヶ月で50万。

意外と安いもんだ。


とにかく、寮に入るまでは私は毎日車で送迎してもらってたし、

今は寮と校舎を往復するだけで、校舎と校門の間を歩くなんて(ましてや走るなんて!)一度もなかった。

遊びに行くときは、校舎の前までタクシーを呼んでたし・・・


って、そうだ!

タクシーを校舎の前まで呼べばいいんじゃない!

遊びに行く訳じゃないから、思わずそんなこと忘れてた!


ここ一週間、毎日駅まで走ってた私って・・・

本当におっちょこちょいなんだから・・・

健次郎達に馬鹿にされても仕方がない。



そう思うと一気に疲れが出てきた。

私は歩調を緩め、携帯を取り出す。


今からタクシーを呼んで、校門のところまで来てもらおう。

カードはあるけど、手持ちの現金は少なくなってきた。

足りるかな?

足りなかったら家に電話して誰かに持ってきてもらおう。



それなら最初から、家の車を校舎の前まで呼べばいいんだ、と言うことに気づいたのは、

タクシーを降りた時だった・・・



「いらっしゃいませ」

「は、はい」

「?」

「いえ・・・」


私は赤くなりながら、店の奥に駆け込んだ。

参考書の本棚の前で小さく息をつく。


生まれてこのかた、「本屋さん」になんて入ったことがない。

本屋さんって「いらっしゃいませ」って言われても、返事しなくていいのかな?

それって失礼じゃないのかな?

でも、さっき「はい」って返事したら変な顔されたし・・・


毎回そうだもんね。


よし、明日から返事するのはやめてみよう。



そう、私は生まれてこのかた本屋さんになんて入ったことがない・・・

いや、なかった。

それがこの1週間、毎日毎日この本屋さんに通い続けている。


1週間前、初めてここに入ったのは、ほんの偶然だった。

放課後、萌加と一緒にショッピングをしてこの辺をブラブラしてた時に、急に雨が降り出した。

それで仕方なく、ここに駆け込んだんだけど・・・


運命って不思議。


子供の頃から「寺脇コンツェルンのご令嬢」として、何不自由なく育てられた私が、

こんな小さな本屋さんで普通の男の人に一目惚れしてしまうなんて。


真っ赤になった私を萌加は散々からかったけど、

同級生をペットにするなんて変な趣味の萌加に言われたくない。



とにかく。

私はこの本屋さんでバイトをしている男の子に一目惚れしてしまったのだ。


パパが知ったら怒るかな?

「庶民と簡単に口を聞くんじゃない!」っていっつも言われてるし。

そういえば私、子供の頃、貧乏な人と話したら自分も貧乏になるって信じてた。

さすがに今はそれはないけど、なんとなく堀西以外の人と話すのは避けてしまう。


ううん。

堀西の中でも、本城君みたいな人とは話さないようにしている。

本城君のことが嫌いって訳じゃないんだけど、話そうと思わないって言うか、話す必要もないし。



それなのに・・・



私は本屋の中をキョロキョロと見渡した。


どこにいるんだろう?



「ちょっとすみません」

「はい・・・あっ」


後ろから声をかけられたと思ったら、例の彼が私のすぐ近くに立っていた!

ええ!?どうしよう!


「あ、あ、あの、何か・・・?」

「そこ、どいてもらえません?本を出したいので」


彼は私の足元を指さした。

本が平積みされてある下に、棚がある。


そうか。

ここから本を出したいのね?

それで・・・私が邪魔なんだ!


私は慌てて横にずれた。


「す、すみません・・・」

「いえ。ありがとうございます」


彼は気を悪くした様子はなく、だけど素っ気無くそう言って、棚の前にしゃがみこんだ。


私は斜め上から、彼の左胸のネームプレートを盗み見る。




『月島』、クン




もちろん、何回もこうやってネームプレートを見てるし、

他の店員さんが彼のことを「月島つきしま」と呼ぶのを聞いたことがあるから、

名前はとっくに知っている。


だけど、こうやって文字で彼の名前を見るのが嬉しいのだ。


こんな気持ち、初めて。



私はドキドキしながら、彼を観察した。



黒くてサラサラした綺麗な髪。

ちょっと冷たそうな瞳。

知的な雰囲気が漂うかっこいい男の子だ。


同じ「かっこいい」でも遊び人の龍聖とは全然違う。


年は何歳だろう?

私と同じくらいか、少し上かな?

こんなところでバイトしてるってことは、お家が貧乏で学校には通っていないのかもしれない。


きっと頭が良くて、本当はレベルの高い高校に入れたはずなのに、

こうしてお家のために働いているんだ・・・


かわいそうな月島クン。


私とお友達になってくれたら、お金なんていくらでもあげるのに・・・










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ