第15話 萌加 「嘘つき」
「本城。おはよ」
「ああ、神楽坂。大丈夫か?」
「うん・・・昨日はありがとう」
私は、部活の朝練が終わったばかりの本城に話しかけた。
本城は、体育館の裏の階段に、空手着姿のまま腰を下ろしている。
空手着姿の本城をこんな近くで見るのって初めてかも。
少しドキドキしたけど、今はそれどころじゃない。
どうしても言いたいことがある。
「嘘つき」
「え?」
本城が驚いた顔で、目の前に立つ私を見る。
「昨日、学校に呼ばれて来たのって、本城のお姉さんなんだってね」
「うん」
「4月に、私に『彼女だ』って言ったのも、あの人よね?」
「・・・」
昨日、本城がどんなお咎めを受けるのか心配で、
校長室の前にいたら、あの「本城の彼女」がやってきたのだ。
中での会話を盗み聞きすると、本城の姉だって言うじゃない!
ビックリしすぎて、声を上げそうになってしまった。
「お姉さんなの?彼女なの?どっち?」
本城は気まずそうに私から目を逸らした。
「・・・どっちでもない」
「え?」
どっちでもない?
「俺、今実家を出て知り合いの家でお世話になってるんだけど、あの人はそこのお手伝いさんなんだ。
俺にとっては、本当に姉さんみたいな人だよ」
「好きなの?」
「好きだけど、恋愛感情じゃない。本当に姉弟みたいなんだ」
中学2年で実家を出た本城には、唯一心許せる人なのかもしれない。
唯一の家族なのかもしれない。
それで、一緒にいてあんなに嬉しそうだったんだ。
でも。
「じゃあ、どうして、彼女だなんて嘘ついたの?」
「・・・」
「ねえ、どうして」
本城はため息をついた。
「ああ言えば、神楽坂が俺のこと諦めてくれると思ったから」
「・・・なっ!?」
私は真っ赤になった。
怒ったからじゃない。
恥ずかしかったから。
でも、それを隠すために、私は怒った振りをした。
「自惚れないでよ!!私が本城のこと、好きだと思ってたの!?そんな訳ないでしょ!!」
「・・・違うのか?」
「当たり前でしょ!何勝手に勘違いしてんのよ!!」
「・・・そっか」
本城はホッとして笑顔になった。
・・・何よ。
どうして、私が本城のこと好きじゃないって知って、ホッとするのよ。
「俺の勘違いか。それならいいんだ。ごめんな、変な嘘ついて」
「・・・」
何それ。
私の気持ちが迷惑だったの?
だから諦めさせたかったの?
だから勘違いだって分かってホッとしてるの?
何それ。
何なのよ。
私は一目散に本城の前から走って逃げた。
ベッドの上で布団を頭までかぶり、今朝本城が言っていたことの意味を考えてみる。
でも、何度考えても、
本城は、私が本城のことを好きっていう気持ちが迷惑だから、
私に「彼女がいる」なんて嘘をついた、という結論にしか至らない。
ショックだ。
4月、本城に彼女がいるって知った時もショックだった。
失恋したと思ったから。
この前、ホテル街で本城が女と腕を組んでいるのを見たときもショックだった。
自分がこんなだらしない男を好きだったのかと思ったから。
・・・それに、やっぱり少し嫉妬してた。
そんな適当に遊べるんだったら、相手が私でもいいじゃない、と思った。
でも、今日のショックは最大級だ。
好きな人に、迷惑だと思われてた。
だから本城は遊び相手にすら私を選んでくれなかったんだ。
恥ずかしい・・・
本城が迷惑がっていたことにも気づかず、ずっと好きだったなんて。
今まで自分が本城に対してしてきたことを色々思い返し、
死んでしまいたいくらい恥ずかしくなった。
私はベッドから降りると部屋を出た。
そのまま寮も出る。
どこかに行きたい訳じゃない。
とにかく何かしないと、せめて歩きでもしないと、
本当に死んでしまいそうだ。
フラフラと校門の外に出たちょうどその時、
道路の反対側に車が止まった。
そしてそこから、龍聖が降りてきた。