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quartet  作者: 田中タロウ
10/28

第10話 萌加 「ホテル」

信じられない。



私はシャワーのコックをひねった。

温かいお湯が頭にかかる。


さっきまで、ここで健次郎がシャワーを浴びてたんだ。

そう思うと、なんとなくシャワーを強くしてしまう。


何やってるんだろう、私。

これから健次郎と寝ようって言うのに、こんなことで引いてる場合じゃない。



健次郎のことは嫌いじゃない。

でも、私は今まで本城以外の人を男として意識したことがない。

それを急に・・・


って、自分から言い出したんじゃない。


いくら男の人を知らないと言っても、私も子供じゃない。

自分のしてることくらい、わかってる。


私がさっき「信じられない」と思ったのは、この状況に対してじゃない。


今まで何年間も片思いをし、

折り詰めなんか渡し続けていた自分の馬鹿さが「信じられない」んだ。




今日のお昼休み。

いつもなら私は一番最初に教室を出るけど、今日は一番最後まで残っていた。

本城に話しかけられると思ったから。


すると、やっぱり本城は私の席にやってきた。


「神楽坂」

「何?」

「もう飯、いらないから」

「そう。どうして?」


普通に。普通に、よ。

こう言われるの、わかってたじゃない。

大丈夫、動揺なんてしてない。


「弁当持ってくることにした」

「そうなの。もしかして、昨日一緒にいた女の人に作ってもらったの?」

「え?」


本城が一瞬赤くなる。

何よ。なんでそんな顔するのよ。


「駅で偶然見かけたの。仲良さそうね。彼女?」


本城が答える前に次の質問を投げかける。

答えを聞きたいけど怖いから。


本城は少し悩んでから照れ臭そうに言った。


「うん。彼女」

「・・・」

「これから毎日弁当作ってくれるって」

「・・・そう」


それ以上、何も言えなかった。


本当は、「毎日作ってくれるってことは、一緒に住んでるの?」とか、

「どういう女の人なの?」とか、「本城は本気なの?」とか聞きたいことはいくらでもあった。

それなのに言葉が出てこない。


こう言われるのは昨日から覚悟してたのに。


でも、このまま沈黙しているのもおかしい。

「これで私も面倒な仕事がなくなって嬉しいわ」とでも笑顔で言って、

さっさと教室から出て行ってしまいたい。

だけどそうすれば、本城と私の繋がりを完全に絶ってしまうような気がして怖かった。


「・・・お弁当、見せて」


何言ってるのよ、私。

そんなこと、どうでもいいじゃない。

本城のために彼女が作ったお弁当なんか見たって、苦しくなるだけじゃない。


だけど他に言葉が見つからなかった。


「えっ。恥ずかしいから嫌だ」


本城が顔をしかめる。


「何、照れてるのよ」

「照れてるんじゃない。本当に恥ずかしいんだって」

「・・・何が?」

「弁当の中身が」

「見せてよ」


純粋に興味が沸いてきた。

あの女の人が作ったお弁当。

もしかしてふりかけとかでハートマークが書いてあるとか?

馬鹿みたい。


私に迫られて、本城は渋々お弁当箱を開いた。

昨日見た、あの黒いお弁当箱だ。



「・・・」

「・・・」

「・・・なんか言えよ」


本城にそう言われても、私はそれから更に10秒ほど沈黙したままだった。


だって、何これ?

ご飯の上に、お肉が数枚。

それだけ。


「・・・これは?」

「・・・牛丼、だって」

「牛丼?」


本城はおずおずと訊ねてきた。


「神楽坂、牛丼って知ってる?」

「・・・テレビで見たことはある」

「やっぱ、そーゆーレベルだよな」


よくわかんないけど、お弁当に牛丼ってアリなんだろうか?

私は素直にその疑問を口にした。

すると本城は、


「だよな。ナシだよな」


と頷いた。


「ロクに料理なんてできないくせにさ、なんか『毎日作るから!』とか言って妙に張り切ってて・・・」


照れくさそうな本城。

言葉とは裏腹に、すごく幸せそうだ。


私が何年間も本城に渡し続けてきた折り詰めなんかより、ずっと粗末なお弁当だけど、

それが本城をこんなにも幸せにできるんだ・・・






悩んだけど、さすがにまた制服を着てバスルームから出るのは嫌味っぽいと思い、

下着の上からバスローブを羽織って、寝室へ戻った。


そんな私の姿を見て、健次郎が笑顔になる。

いつもの人を小馬鹿にしたような笑い方じゃない。

本当に嬉しそうな、幸せそうな笑顔だ。


今日の本城みたいな。


今私の目の前にいるのが本城だったら、

私も死ぬほど幸せなのに。

ううん、本当に死んでもいい。




健次郎は私に近づくと、バスローブの紐を解いた。













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