第9話 四天王にキビしい杜若さん
放課後、高校の閑散とした図書室。
テーブルを挟んで座り、僕はいつものように彼女と向かい合っていた。
「もう、四天王の一人目が最強でいいわよね」
開いた文庫本に目を落としつつ、彼女は淡々とした口調で語りかけてくる。
「絶対によくない! そこは噛ませ犬ポジじゃないと!」
「出番は一番あるわ。出番こそ最強でしょ?」
「最強を演者目線で定義しないでよ……。最初のヤツは四天王の中で最弱と語られるところまでが様式美なんだから」
「でしょうね。でも他の四天王のピークは、そのセリフなのよ」
フンと一息。文庫本を下ろして、あくまでも個人の感想(※)を述べた。
「恐怖の期待値が一気に上がるから、正直超えてこないの」
「そんなことないよ! みんな苦慮しながら描いてるんだぞっ!」
「急に作者目線で同情を示すわね……」
初出時の謎に満ちた威圧的なシルエットだけやけに凝っているのよ、と誰に向けたでもなく彼女はそっけない。
黒塗りのシルエットだと髪型かツノか、はたまた冠なのか判別が付きにくいとは、僕も思うけれど。
相変わらず、お約束にキビしい杜若さん。
彼女を形成する二重の目、鼻、くちびる、顎のライン。その他もろもろのパーツが黄金比の配置をしている。
類まれな美貌は、崇拝対象としてもはや一神教といっても過言ではない。
学校においての存在感が唯一無二の彼女は、
「実際、四天王って字面の良さだけで登場させている感があるのよ」
「うっ、たしかに構成するシンプルな漢字が過不足なくカッコいいけども」
畳み掛けるように、杜若さんは四天王の問題点を指摘する。
「四人でも何気に多いのよ。途中で端折って、まとめて倒したくなるくらい」
「四天王自体が噛ませの代名詞になるやつね」
「仮に、恋愛モノで四人も出てきたら? 少なくともひとりは、主人公のフォローポジションに自然と収まるわ」
「増えすぎると途端にラブコメチックだなぁ」
「そう。まともな恋愛話に仕立てるなら、四人目以上は既出ヒロインとケリをつけてから登場させることね」
杜若さんの忠告が五臓六腑に染み渡る。
いや、僕は創作者じゃないから関係ないんだけど。
「じゃあ、敵を三人にすればよくない?」
「三人だったらどうなの、と当然なるわよね」
「うん、そう言ったよ?」
この会話、二度手間だよ。
「御三家、三銃士、三羽烏。四天王と比べて、敵で現れるには悪っぽいインパクトがないわ」
「逆にそれ以上の人数だと、五人衆とかかな。うーん、ちょっと地味だね」
「四天王に匹敵させようと思ったら、もう十二使徒くらいまで増やさないといけないのよ」
「キャラ設定だけで三日三晩悩み抜くね……」
言われてみるまで考えたことがなかったけど、当てはめる名数はアイドルのグループ名と同じくらい重要な部分だ。
そこで、杜若さんは一本指を立てると、
「それぞれの数字で最強名数を決めましょう」
「え、面白そう!」
「四は、四天王が優勝。……ここは四神や四大系の強力なライバルが多かったわ」
「すでに妄想の中で戦わせてた……っ!」
いきなり脳内トーナメントを開催する杜若さんもお茶目でチャーミング。
僕も積極的に企画に乗っかることにした。
「それなら五は、五賢帝とか五虎大将軍あたりかな」
「五輪よ」
「なんで!?」
「オリンピックと自動的にルビが振られるのよ? ルビは存在自体がカッコいいわ」
うん、ルビはカッコいい。
趣旨とズレた気はするけど、杜若さんの決定が僕の決定なので。
「——それじゃあ六は、六歌仙ということで。七は……七福神?」
「これは一択よ。七武海」
「ワンピは偉大だね」
「…………ふぅ、数字だけにキリがないわね」
そう呟く杜若さんはどこか満足そうだった。
僕たちの放課後はまだまだ続く。
「そういえば、二の場合はなんだろ。ふたりを指す名数ってあまりないよね。いっそ縛りを外して、デュオとかペア? 相棒とか?」
「……カップル」