第8話 ラブストーリーにキビしい杜若さん
夕暮れ、閑寂とした河川敷。
しとしとと降る雨が、ぽつねんと置かれたダンボールを濡らしていた。
「不良が捨て犬に傘を差し出す場面、好感度を上げるあからさまな狙いを感じるわ。粗野な素行からくる評判の悪さも、実は不器用な手違いによるものだったといずれ発覚するわね」
いつの間にか背後に立っていた、見知らぬ女が淡々とした口調で語りかけてくる。
「ああンッ? 人の行動に文句つけやがって。誰だテメー?」
「まずはあなたから名乗るのが礼儀よ」
「いきなり長尺で難癖つけといて、先に名乗らせてんじゃねえ!」
「……フン、そこのイヌより吠えるわね」
小さく鼻を鳴らして、女は自分の持っていた傘をスッと差し出した。
「お、おい。アンタが濡れちまうだろ」
「構わないわ。水も滴るいい女なのよ」
「自分で言うのかよ。……なんで、オレみたいなヤツに優しくする?」
「あなたが捨て犬にしていることと、同じ理由かしらね」
ただの気まぐれよ、と誰に向けたでもなく女はそっけない。
言い訳を勝手に代弁しやがって。オレはニヤけるくちびるをこっそり噛んだ。
しっとりと艶やかな長い黒髪。透きとおるような美白。
不遜な物言いは鼻につくが、よく見るととんでもない美人だ。
偶然にも、同じ高校の制服を着た彼女は、
「あら、雨が止んできたわね。その傘も、もう不要かしら」
「……いや、預かっておく」
「そう。好きにして」
そう言って謎の美人は背を向けると、濡れた黒髪を流して涼しげに去っていった。
オレの手に、小さな繋がりだけを残して。
ったく、おもしれー女。
それがアイツの最初の印象————
「——っていうか、なにこの話!」
「ちょっと、ナレーションの途中でやめないでよ」
杜若さんは手にした紙束を下げると、どこか不満げな顔で抗議する。
『セリフを読み合うときの台本、なんでラブストーリーばかりなのかしらね』
から始まった文句は、杜若さんの持ち寄った台本の読み合わせをする流れになっていた。
ロミジュリで氾濫しきった学祭演目に一石を投じるところまでは、
相変わらず、お約束にキビしい杜若さん。
って感じだったのに……。
「出逢いの回想みたいな内容だし、この台本も結局ラブストーリーじゃん」
「違うわ。唯心論に基づいた重厚設定の異世界転生モノよ」
「ここからっ!?」
奇をてらう目論みは理解できるけど、衝撃展開をブチ込むにしては露骨なテコ入れすぎるよ。
「ちなみにこの陳腐な台本はどこから?」
「…………わたしが書いたの」
「ええっ!? ……よくよく読み込んでみると巧妙な伏線が張られてそう。そもそも僕みたいな凡人は、真の高等芸術を見抜く審美眼を持ち合わせていないからね。しかるべきところに出して、プロの目に留まればすぐに出版まで漕ぎつけるかも!」
「急に早口でフォローするわね」
率直な感想を吐いたあとで暴露するのはトラップにも程がある。
ここは話をそらして誤魔化すとして。
「杜若さん、小説書いたりするんだね」
「中学生の頃、少しね。ただの暇つぶしよ」
「もしかして投稿サイトにあげていたり?」
「……まあ」
「へぇ! じゃあ続きもあるの?」
内容はともかく、杜若さんの紡いだ物語に興味が湧く。
彼女がなにを考え、なにを思いこの話を認めたのか。
奥底知れない杜若さんの深層心理を掘り出すヒントになるかもしれない。
「続きはないわ。連載中のまま佳境でエタって放置」
「そんな未完成小説を臆さず持ってくるなんていい度胸してるね! いくら杜若さんでも許されないよ!」
「えっ。これで昇華させて最後のつもり……」
「ダメ! いいから、今から続き書くよ!」
僕たちの放課後はまだまだ続く。