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第6話 体育倉庫にキビしい杜若さん

 放課後、高校の閑静な図書室。

 テーブルを挟んで座り、僕はいつものように彼女と向かい合っていた。


「体育倉庫は、今となっては牢獄ろうごくよりも人を閉じ込めているのよ」


 開いた文庫本に目を落としつつ、彼女は淡々とした口調で語りかけてくる。


「体育倉庫って、授業の用具が収納される場所だよね。僕の知らない同音異義の幽閉施設が存在しているとか?」

「いいえ、まさにその体育倉庫よ」

「校内にそんな恐ろしいところが……」

「そう。身近な隔離密室環境の金字塔なの」


 ギリッと小さく歯噛みして、思い出すように詳細に語り始めた。


「手の届かない高さに格子の小窓があるの」

「まるで牢獄だね」

「入ってしまったが最後、背後でガチャンと錠がかけられる」

「牢獄じゃん」

「どれだけ叫んでも、だれも助けに来ない」

「牢獄……」

「乱雑に積まれた用具が倒れてきて、突如としてピンチにおちいるのよ」

「牢獄よりヒドイ……」


 内側から開けられない仕組みの意味がわからないわ、と誰に向けたでもなく彼女はそっけない。

 たしかに泥棒やイタズラ防止なら外側だけ錠前をつければいい、と僕も頷くのだけれど。


 相変わらず、お約束にキビしい杜若かきつばたさん。


 艶やかな長い黒髪は、少しばかり乱雑に括り上げられている。

 普段であれば凛とした眼光に力はなく、伏せぎみの長いまつ毛が憂いを帯びていた。


 そこはかとなく疲れの見える表情の彼女は、


「実は五限の体育から放課後まで、倉庫に一時間ほど閉じ込められていたのよ……」

「どこのどいつに? 名前を教えてくれたら地の果てまで追い詰めるよ」

「あ、悪意はないの。たまたま、先生が中も確認せずに鍵をかけていって」

「そんなお約束な出来事が……。それは二重の意味で、さぞ辛かったよね」

「ええ、本当に災難。その上、授業をサボっていたと思われたなんて心外よ」


 僕がクラスメイトならすぐに気付いてあげられたのに。

 確認不足が問題となっている昨今。その体育教師にはしっかりと贖罪しょくざいしてもらうとして。


「せっかくの皆勤賞が水の泡だね」

「そこは誤解をといて出席扱いにしてもらったけど。……でも、あの静かな密室空間に独りきりだったら、たぶん挫けていたわ」

「……ん?」

「二人がかりで扉を叩いて、バスケット部の上級生に救出してもらったのよ」

「ちょっと待って。なにか不穏な気配が」


 先ほど杜若さんの語った体育倉庫のディティールは、うちの学校のものと一致している。

 体育倉庫のお約束といえば、まさか。

 

「そう。積まれた用具がなだれ落ちてきて、一緒にいたクラスメイトに庇ってもらったの。間一髪でお互いにケガはなかったけど、あれは少し危険だったわね」

「杜若さんが無事でなによりだけど……」


 彼女のピンチに駆けつけられなかった自分の無力さが、死ぬほど口惜しい。


 しかし、もうひとつ気になることが。

 だれかと一緒に閉じ込められる。そんなラブコメでしか見ない、あからさまなハプニング。

 嫌な予感がする——


「ちなみに、一緒にいたクラスメイトって」

「友だちの女の子よ」

「なーんだ。杞憂きゆうでよかった」


 僕たちの放課後は、杜若さんの心労をおもんぱかり早々に解散する。




 後日。体育倉庫の扉の件をPTAにチクり、教育委員会にも訴えかけて、内側からサムターンで開けられるタイプの錠に替えるよう圧力をかけた。

 さらに、体育教師が内部を点検確認した旨をアプリから報告する仕組みを導入してもらった。


「これでもう、万が一にも杜若さんがこわい思いをすることはないね」

「その行動力が少し恐ろしいわ……」

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