第4話 雷にキビしい杜若さん
放課後、高校の閑散とした図書室。
テーブルを挟んで座り、僕はいつものように彼女と向かい合っていた。
「雷鳴がとどろいて抱きつくのは、放電によって人体の電気信号が誤作動を起こすからよ」
開いた文庫本に目を落としつつ、彼女は淡々とした口調で語りかけてくる。
「いきなりとんでも理論を持ち出すね」
「もしくは強力な磁場でも発生しないかぎり、人と人とがあれだけの引力でくっつく説明がつかないの」
「雷が落ちるとビックリするし、咄嗟に近くのものに抱きつくこともあるんじゃ?」
僕の平凡な反論に、彼女は眉をピクリと動かして、
「つまり、抱きつかせるためにビックリさせたい意図があるのね?」
「あ、お約束を批判する流れだ」
「驚かせたいのなら、べつに雷じゃなくてもいいじゃない」
フンと鼻息をついて益体もないことを述べた。
「それなら、目の前で大きな銅鑼が鳴っても抱き合いなさいよ」
「銅鑼は目の前で叩かれないなぁ」
「無理やりにでもハプニングを起こしたいんでしょ?」
「身近な自然現象と違って、銅鑼は強敵の登場シーンでしか見かけないから……」
じゃあ登場シーンから抱きつきなさいよ、と誰に向けたでもなく彼女はそっけない。
銅鑼の音がきっかけの出逢いに穏やかな結末はない。と僕は思うのだけれど。
相変わらず、お約束にキビしい杜若さん。
シルクの長い黒髪に、凛とした切れ長の目。透明感のある清楚な白い肌。
洗練された佇まいと、シワひとつないブレザー服が上品さを際立たせている。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、とポエミーな同級生男子から評される彼女は、
「あらやだ、本を足元に落としてしまったわ」
「なんで棒読み?」
「お願い、拾って」
澄ました視線の杜若さんから頼まれる。それ、お願いする立場の表情じゃないね。
そうはいっても僕は断る立場にないので。
彼女のご要望通り。机の下に潜り、文庫本を拾い上げようとして——
「わっ!!」
杜若さんが突然、頭上から大声を出す。
思わず反応して、ゴンッと突き上げた脳天を強かにテーブルにぶつけてしまった。
「ふふ、驚いたでしょ? ヒトを動かすのに雷のギミックなんて必要ないのよ」
「……あの、よくわからない証明のために、僕にたんこぶをつくらないで」
「え、あっ。そんなに、痛かった? ……な、撫でてあげようか?」
「いい、遠慮しておくよ」
机から後退りして元の位置に戻り、文庫本を杜若さんに手渡すと、僕は今しがたの出来事を目をつぶって反芻する。
「…………」
「……ねえ、怒った?」
「…………」
「そ、そうよね。趣旨から外れた行動だった」
「…………」
「それに本を粗末に扱ってしまったわね」
「…………」
「……ちょっとしたイタズラ心というか、あなたを無闇に傷つけるつもりはなかったの。か、構ってほしくて……」
「…………」
「本当に反省してる。ごめんなさい……っ」
「…………」
「ね、ねえ! なにか言って!」
まぶたを開くと、涙目の杜若さんがこちらを見つめていた。
「あれ、杜若さん。なんでそんな悲しい顔を」
「……お、怒ってたんじゃないの?」
「ううん。ただちょっと、ラッキースケベについて考えていたんだ」
「えっ?」
「雷じゃなくても、そういう状況は生み出せるんだなって」
「それってどういう……」
そこでハッと気付いた杜若さんは、沸騰したように顔を赤く染める。
「うん。薄暗い中でも、スカートの奥で白く輝いて見えたよ。清楚なイメージ通りの杜若さんらしい……あっ、偶然見えちゃっただけ! もう頭ぶつけてるんだし罰の前借りは済んでるよねっ!? 落ち着いて、その振り上げた拳を下ろして杜若さんっ!」
僕たちの放課後はドタバタ続く。