第3話 観覧車にキビしい杜若さん
放課後、高校の閑静な図書室。
テーブルを挟んで座り、僕はいつものように彼女と向かい合っていた。
「観覧車はなぜ止まるのかしら」
開いた文庫本に目を落としつつ、彼女は淡々とした口調で語りかけてくる。
「なぜ回る、じゃなくて?」
「いいえ、止まるのよ」
「……哲学的な話?」
「違うわ。フィクションでは観覧車に乗ると、高確率で停止してしまうの。とくに微妙な距離感の相手がいるときは要注意」
キラリと鋭い眼光を文庫本の奥から覗かせると、突然オカルト論を持ち出した。
「これは、霊的現象の可能性があるわね」
「人為的ミスの方が可能性高いよ。定期メンテナンスを怠ってたとか」
「この謎めいた事象は、リアルでも起こるのかしら。ぜひ実地検証しないといけないわ」
「おや、僕の声聞こえてない?」
オカルト研名誉会長の腕が鳴るわね、と誰に向けたでもなく彼女は呟いた。
君はヒラの帰宅部だし、実際にオカ研が存在する高校なんてない。と僕は思うのだけど。
相変わらず、お約束にキビしい杜若さん。
緩慢な春の気候に合わせて結い上げられた、清楚な印象の艶やかな黒髪。
涼しげな切れ長の目は一見、近寄りがたい威光を放っている。
男子たちが気安い声かけを躊躇うほどクールな寡黙美少女で通っている彼女は、
「もうすぐ俗に言う大型連休ね」
「杜若さんはゴールデンウィークと頑なに言わないタイプの人?」
「ええ。せいぜい一週間ほどの休みを、ゴールデンと過剰に有り難がる人間にならないという自戒よ」
「懸命に働く大人にとって僕らの夏休みくらい価値があるのに」
見えない敵をつくる不用意な発言は控えてほしい。
とはいえ、こういうときの杜若さんは内心テンパっている場合が多いので。
「観覧車の実地検証って、つまりは遊園地に行きたいのかな」
「そこまで猛烈に誘われたら断れないわね」
「ん? 会話文何行か飛んでる? ……あ、そうだ。遊園地といえばこの前、父親の知人から無料招待ペアチケットを貰ったんだ」
「え、それって」
「うん。あまりにお約束すぎたから、杜若さんリスペクトでちゃんとその場で破り捨てた」
「ああっ! なんてことを……っ」
杜若さんの項垂れた頭が文庫本でほぼほぼ隠れる。この小さな頭と高い腰からスラッと伸びた脚が、モデルのような彼女の頭身を形成していた。
しかし、価値あるチケットを破ったのは流石にやりすぎだったかも。
惜しいことをしたと思っているし、本音を言えば、僕だって杜若さんとおでかけしたい。
「だから代わりに、自腹でペアチケットを買ったんだ」
「……え?」
「GWまで待たなくても、もしよかったら今週末の日曜に行かない?」
「えっ……えっ? ええっ?」
「もしかしてすでに予定入ってる……?」
「ううん、行く! 行くからっ! だから絶対に破り捨てたりしないで!」
そうして迎えた日曜日。
警報の出るほど痛烈な悪天候が、周辺地域を襲った。
『観覧車が止まるのは、人為的ミスでも霊的現象でもなくて、悪天候が原因なのよ……』
電話口の杜若さんは、実地検証できず露骨にガッカリしていた。その上、せっかくのペアチケットも無駄になってしまったけれど。
休日に電話でおしゃべりできるだけで、僕はものすごく幸せなんだよね。
『じゃあ、遊園地のウェブサイトでマップを開いて、その場にいるつもりでどのルートを周るかシミュレーションしてみない?』
『なにそれ、案外楽しそうね』
『仮想空間ならぬ、妄想空間デートって感じ』
『え、嘘。まさかこれが初デートになっちゃうの……?』
僕たちの休日はまだまだ続く。