第21話 緊急避難先にキビしい杜若さん
放課後、高校の閑静な図書室。
テーブルを挟んで座り、僕はいつものように彼女と向かい合っていた。
「ロッカー以外の選択肢が見つからないの」
開いた文庫本に目を落としつつ、彼女は淡々とした口調で語りかけてくる。
「えっと、まずロッカーという選択肢がどこから出てきたものなの」
「緊急避難場所よ」
「それなら、グラウンドとか体育館じゃなくて?」
「違うわ。校内で緊急避難するシチュエーションといえば、教室か更衣室にいるとバレたらマズいときよ」
「漠然としているけど、なぜかわかる」
フンと小さな鼻息をついて、さも常識を語るように並べ立てた。
「当然ふたりいて、片方は異性かつ部外者、女装か男装、半裸もしくは全裸よね」
「ヘタなプロファイリングみたいだし当然の認識も違うけど、なぜかわかる」
「そこに扉の外から足音が。となれば、勢い任せにふたりでロッカーに入るわよね」
「もう理屈じゃないことは、すごくわかる」
教室なら教卓の下も根強い人気があるのよ。と誰に向けたでもなく彼女はそっけない。
状況に左右される分、ロッカーに軍配が上がったか、と僕は勝手に納得するのだけど。
相変わらず、お約束にキビしい杜若さん。
楚々とした長い黒髪。透きとおる白い肌。意志のつよい瞳。
本の世界に没頭したとき、めくる手でそのまま耳朶に触れる癖が可憐だ。
額縁で飾れば瞬く間に詩的な絵画へと変わる彼女は、
「……ん? そういえば、まだお約束に厳しいこと言ってないね」
「だって、ほかに選択肢がないもの」
「ああ、それが冒頭の」
「そう。必然性があるのに無理やり批判できないわ」
ロッカーに隠れるお約束……
いや、ロッカーにしか隠れられないのだからお約束にならざるを得ないわけだ。
向かいから、チラリと窺う視線。
代替案さえあれば、という意図が込められているようで。
「たとえば……カーテン裏は?」
「光が外から差しているのだから、着地した忍者みたいなシルエットが映るはずね」
「机のかげ」
「スパイアクションじゃないんだから無謀よ」
「じゃあ、天井裏とか」
「正気? 嫉妬に狂ったクラスメイトが盗み聞きする隠れスペースではあるけど。でも天井裏のパネルはどうやって剥がすの? そこに登るコンビネーションは日頃から鍛えられてる? 時間的制約はクリア可能? 登ったとして忍べるダクトはあるの? 構造次第よね」
「そこまで一生懸命反論されるとは……マジメに返さなくてごめん」
彼女は真剣に向き合っているのに、僕ときたら。
この失態は、積極的な態度で取り戻さなくては。
「たしかに考えてみると、ロッカーしかないね」
「でしょう? だけどそれすら、微動だにせず息を潜められる環境とは思えない」
「隠れないで潔く言い訳する……ってわけにもいかないんだもんね」
「前提条件は変えられないわ。緊急を要する事態なの」
「それなら、実際に検証してみない?」
「え?」
「そこから知れることがあるかも。立ち止まらず実践あるのみ。人気のない教室を探してさ」
ということで。
僕たちはふたりして廊下を巡り吟味する。
しばらく歩いて、部活で出払った教室を見つけ出した。
ひっそりと佇むロッカー。
のん気に提案したものの、杜若さんとふたりでここに。
蒸し暑さで汗がぴとりと落ちたり、手の置き所に困ったりしてしまうのだろうか。
……なんだか、イケナイ予感がしてきた。
「あ……狭っ。しかもバケツとホウキで占められて、せいぜい人ひとりが限界だね」
「それに垂れ下がってる汚い雑巾も気になるわ。入ろうにも、どうしても心が拒否する」
「……検証、やめよっか」
「そうしましょう。ロッカーは無理。隠れる選択肢がそもそも存在しなかったのよ」
僕たちの放課後は、ラブコメの七不思議を暴くかたちで終わった。




