第20話 古典にキビしい杜若さん
放課後、高校の閑静な図書室。
テーブルを挟んで座り、僕はいつものように彼女と向かい合っていた。
「秘密を聞き出すため超至近距離まで詰め寄る友人の尋問能力は過小評価されているわ」
開いた文庫本に目を落としつつ、彼女は淡々とした口調で語りかけてくる。
「……長いうえに、ちょっとマニアックすぎない?」
「そうかしら。案外よく見る光景だと思うわ」
「でもさ、もっとお約束な出来事があると思うんだけど」
「もっとお約束……たとえば?」
「そうだなぁ。パンを咥えて曲がり角でぶつかるとか、エッチな春風にスカート捲られてイヤーンとか」
「……あのねぇ、」
ハァと深いため息をついて、彼女は呆れたように応対した。
「そのへんのお約束は、もう消費期限切れなのよ」
「賞味期限じゃなくて」
「それどころか製造中止ね。むしろ今はリニューアルされて、定番お約束ネタと銘打って新発売されているわ」
「たしかに、あえての古典的な演出で見る方が多い……」
「今さらそこを突いても、昔の名作は今だと通用しない、みたいな捻くれた意見にしかならないの」
運命的な出逢い、ラッキースケベの先駆として確固たる礎を築いているのだからリスペクトは欠いちゃダメ、と誰に向けたでもなく彼女は頭を下げた。
全方位のお約束に文句をつけているようで意外と線引きしていたのか。と僕は驚愕するのだけれど。
相変わらず、お約束にキビしい杜若さん。
艶やかな長い黒髪。気丈な振る舞い。清楚な印象。
古典的な芯のあるヒロイン像が、まるで現代に顕現したよう。
不憫属性のエッセンスも混じった、古き良きツンデレな彼女は、
「あまりわたしを分析しないでもらえるかしら」
「あっごめん。……ていうか唐突に心を読むのビックリするからやめてよ」
「なんだか平凡を自称するわりに地の文でシニカルかつ饒舌に語る系主人公の表情をしていたわ」
「ええっ、そんな頬杖ついてボーッと窓の外を眺めるような顔してた!?」
やれやれ系は僕から程遠いと思うのだけれど。
独特な観点からウィットに富んだ描写ができるほど、感受性豊かでもないし。
「どうせ古典のくだりから、わたしを古き良きツンデレだとかメタな考察してたんでしょ」
「ここの第四の壁、透けてる!?」
「いいえ、ぽっかりと破けているわ。最後にここからトホホと顔を出してもいいわよ」
「ギャグマンガのオチ用の穴が!」
「あと、このへんには作者が寄りかかってツッコんだりするスペースがあるわ」
「言い訳みたいな介入スペースあるけども!」
おそらく悪ノリなのだろうけど。ここまで筒抜けだとそろそろ不安になってくる。
もしかして、僕の思考は垂れ流しになっているのでは。
想い人を前に、それはマズい。
「ま、まさか。僕の不埒な妄想までダダ漏れなんてことは……?」
「そんなの見えるわけないでしょ」
「……地の文に書いてあるわ、とか」
「さっきから何を言ってるの? すべてあなたの顔に書いてあるだけ。普段との些細な変化くらいすぐにわかるわ」
「あ、なるほどね。よかったぁ……ん? 杜若さん、些細な変化に気付くくらい普段から僕の顔を」
「べ、べつにあなたのことなんか見つめてないんだからねっ!」
「ツンデレのお手本!」
しかし、表情から読みとられていたとは。
ここはしっかりと表情筋を引き締めたいところ、だけど……
好きな人と一緒にいて、ポーカーフェイスでいろと言うのも無理な話だよね。
「そういえば、あなた。さっき不埒な妄想がどうとか言ってたわね?」
「ぎくっ」
「古典的な表現で誤魔化してもムダよ。もしわたしが古き良きツンデレなら、ここぞの暴力性は排除できないわよね。覚悟はいい?」
「……トホホ」
僕たちの放課後は、現代的で淑女な杜若さんが暴力に走らず、穏便に続いた。




