第2話 勉強会にキビしい杜若さん
放課後、高校の閑静とした図書室。
テーブルを挟んで座り、僕はいつものように彼女と向かい合っていた。
「勉強苦手な子のために開かれる勉強会は、逆に足を引っ張ってると思うの」
開いた文庫本に目を落としつつ、彼女は淡々とした口調で語りかけてくる。
「いくら優秀な人が混ざっていても、誘惑が多すぎるのよ」
「え、誘惑ってなに?」
「好きな人がいると集中できないでしょ」
「いる前提なんだ……」
「そうよ。勉強会なんてラブコメくらいでしか見ないんだから」
彼女はフンと小さな鼻息を吹いて妄想を述べた。
「しかも好きな相手か自分の部屋なのよ」
「ロケ地も決まってるんだね」
「学校と違う一面にドキっとして勉強なんて手につくわけないじゃない」
そのくせテストはなんだかんだで赤点回避しちゃうのよ、と誰に向けたでもなく彼女はそっけない。
苦境を一緒に乗り越えてこそ強い絆が生まれる。と僕は思うのだけど。
相変わらず、お約束にキビしい杜若さん。
艶やかな長い黒髪。凛とした切れ長の目に、スッと伸びた鼻筋。白磁の肌。
文庫本の奥にのぞく利発そうな容貌は、清楚な文学少女の雰囲気を醸している。
しっかりと首元でリボンをとめ、深窓の令嬢然とした儚さを帯びた彼女は、
「そういえば、杜若さんって数学すごく苦手だったよね?」
「ええ。昔から病気がちでほとんど授業に出られなかったもの。近ごろもまた、調子が悪くて……ケホッ」
「えっ———」
そんな……杜若さん……。
「それ、ウソだよね」
「そうよ。それがなに?」
「え、すごく悪びれずに言う」
澄ました表情で、彼女は顔を上げる。
「一瞬、死亡フラグかと思ったでしょ」
「思わないよ。杜若さんが皆勤賞狙えるくらい元気に登校してるの知ってるんだから」
どういう心境で澄ました表情しちゃってんの。
しかし、勉強会と言われて思い出す。そろそろ中間考査の時期だ。
「……ん、待てよ。冒頭の文句を深読みしてみたんだけど、もしかして一緒に勉強しようって遠回しに誘ってる?」
「どうしてもとあなたが言うなら」
「まだ言ってないけど」
「仕方ないわね。今週末なら時間があるけど?」
「えっ言ってないのに話を進める」
まあ、強引なところも彼女の魅力だけど。
どのみち僕には拒否権なんてないので。
「じゃあ、うちに泊まりにおいでよ。杜若さんの苦手な数学を四六時中レクチャーするよ」
「お、お泊まりっ!?」
「ちょうど両親が温泉旅行に出掛けてて」
「ラブコメでよくある展開!?」
あ、しまった。意に沿わない提案だったかな。
「……そうだよね。杜若さんはそんなお約束、許せないよね」
「え、その」
「よし。せっかく図書室にいるんだから、ここで勉強しよっか」
「……そうね」
「静かで落ち着いた最高の環境だもんね。とりあえず数学のテスト範囲の確認からはじめよ?」
「…………はい」
どこか不服そうな杜若さんだけど、苦手は克服しないとね。
こうして僕たちは、学生らしく勉学に励むのだった。
「……ねえ、補習イベントも都合よく使われると思わない?」
「それじゃあ必死に回避しないとね」
「……そうね」
僕たちの放課後はまだまだ続く。