第19話 お金持ちにキビしい杜若さん
放課後、高校の閑静な図書室。
テーブルを挟んで座り、僕はいつものように彼女と向かい合っていた。
「合宿をしたいからお金持ちキャラが出てきて欲しいわ」
開いた文庫本に目を落としつつ、彼女は淡々とした口調で語りかけてくる。
「またとんでもないこと言い出した」
「そうよね。とんでもないお金持ちキャラが一人はいて当然よね」
「うん……あれっ話噛み合ってないな!?」
いきなりアクセル全開な彼女。
あえてお約束な存在を求める、その魂胆は一体。
「……まさか、別荘に招待される期待を」
「逆に招待してくれないお金持ちがいるの?」
「いるよ! 世の中、都合のいい資産家セレブばかりじゃない!」
「そうかしら。むしろ海辺の別荘持ち以外は、真のお金持ちと言えないわ」
フンと鼻息をついて、彼女はフィクションでの扱いを端的に言い表した。
「だって、本体は別荘の鍵でしょ?」
「鍵が目的なんて、お金持ちキャラをウエハース扱いして……。そもそも部活動すら入ってないのに、合宿でなにするつもりなの」
「そうねぇ。プライベートビーチにパラソルを刺して、トロピカルなジュースを啜りながら読書を嗜みたいわ」
「人はそれをバカンスと呼ぶね……」
お金持ちキャラは日常に対して異質な存在のわりに市民権を得ているのよ、と誰に向けたでもなく彼女はそっけない。
たしかに庶民生活を無邪気に楽しむ社長令嬢と、宮殿みたいな本宅を家庭訪問する庶民は日常でそうそう見かけない。と僕も思うのだけれど。
相変わらず、お約束にキビしい杜若さん。
艶やかな長い黒髪。洗練された所作。気品を感じる佇まい。
属性にお金持ちが付いていても違和感ないビジュアルだ。
オーガニックな食事ですくすくと育った印象の彼女は、
「あるウワサを聞いたわ」
「ウワサ?」
「この学校に隠れお金持ちが生息しているらしいの」
「伝説ポケモンみたいな言い方」
やけに攻撃的に聞こえた冒頭のくだりは、つまり。
「そう。隠れキャラをあぶり出すため。お金持ちはウワサされると高笑いで現れるわ」
「オホホホと手の甲を口元に添えた姿が容易に想像できたけど。でも、そんな都合よくいくかな」
「心配ないわ。SPが学校中を盗聴しているのよ」
「なるほど……どうりでやけにタイミングよく現れるはずだ」
むしろここぞというときしか出てこない。物語を動かす、ご都合主義代表みたいな存在。
異世界ファンタジーでも、傲慢な態度のライバル貴族……もとい噛ませ犬が取り巻きを引き連れて登場する展開は、たしかにお約束だ。
「お約束を逆手にとったのよ。エサはじゅうぶんに撒いたわ」
「別荘の引換券呼ばわりされたと知れば、怒り心頭で飛び出してくるわけか!」
「ええ。これだけ挑発して出てこないはずがないわ!」
「今頃わなわなと震えているに違いないね! あとは、満を持してそのときを待つだけ!」
高慢なプライドを刺激するこの巧妙なトラップは、きっとうまく作用するだろう。
杜若さん、おそろしい子!
……僕たちの放課後は、とくになにも起こらなかった。




