第15話 邪魔者にキビしい杜若さん
放課後、高校の閑散とした図書室。
テーブルを挟んで座り、僕は初対面の女の子と向かい合っていた。
「アンタ、杜若さんのことが好きなの?」
尊大に肩肘をついて、彼女は淡々とした口調で語りかけてくる。
「超好きだよ。死ぬほど愛している」
「ふぅん、身の程知らずだな」
「対等だとは思ってないよ。ところで君は?」
「彼女と同じ学校の生徒。挨拶をしなかったりする間柄」
「マウントをとるには弱すぎる関係だね……」
フンと表情を崩して、僕以下の繋がりしかない女は挑発的な言葉を放った。
「あの子に群がるハエを叩き落としに来た」
「なんだとっ!? 杜若さんをさもウンコみたいにッ!」
「ハエ呼ばわりを気にしろよ……」
なんでこんなヤツが杜若さんに近付けんの、と彼女は僕に向けて嫌味を発する。
近付けるだけの市民権を得ているからね。とこちらも負けてはいない。
ボーイッシュな雰囲気を纏いつつ、女の子らしさもしっかり残した短めの黒髪。
整っているといえば、まあ整っている容姿。ちょい色黒。他に特筆すべき個性はない。
見かけたことあるような、うーん、ないようなといった印象の彼女に、
「で、杜若さんはどこ?」
「すでにこの世にはいないと言ったら……?」
「その場合は世界観が変わったと察する。日常モノから唐突なテコ入れでファンタジーに突入したんだって」
「じゅ、順応力がすごいな……」
「現代っ子だからね。で、君を速やかに倒して杜若さんを救いに行く。異世界だろうが地獄だろうが、どこへだって」
「あっボロを出したなっ! 彼女みたいな清廉潔白は地獄に行かないし!」
「当然でしょ。たとえ地獄のような場所でも、の暗喩だよ。文脈の読みが甘いね」
その読解力では、文学少女の杜若さんと並ぶに相応しくない。
悔しそうな表情の彼女に対し、僕はスマホを見せて追い打ちをかけた。
「個人的な連絡手段があるから、別に答えなくてもいいけど」
「くっ……数学テストの補習だよっ」
「まさかの二話目から引っ張られた長い伏線」
成績優秀そうに見えて数学だけは壊滅的。
そんなギャップも、杜若さんの魅力。
彼女の無事も把握できたし、キャラ付けの曖昧な女の子とこれ以上関わるメリットはまったくないので。
「わざわざ登場したってことは、ラブコメにありきたりなライバル枠を狙ってるんだろうけど。そんなお約束は通用しないよ。君は杜若さん欠番時のゲストに過ぎないんだ。もう金輪際、出番はない!」
「……ラブコメのライバルは、お約束じゃなくて必須だろ?」
「なっ」
「その判別もつかないなんて、まだまだ。ちなみにライバル関係にあるのは、アタシとアンタだから」
ようするに杜若さんを狙ってるってこと?
なんて厄介な属性持ちなんだ。
「じゃあ、補習もそろそろ終わる頃だしストーカーは去るけど。このことを杜若さんに漏らしたら、ただじゃおかないから」
「さらっと立場を自白するね。……あ、ほんとに去っていくんだ」
誰もいない図書室にポツンと取り残される。
名前もわからないままだし、まあ知りたくもないけど。
いったい、なんのイベントだったんだ。
「——ってことがあったんだけど、杜若さんどう思う?」
「すぐ暴露しちゃうのね。あなたらしいけど」
「ただじゃおかないってお約束セリフ、よく聞くけど結局なにされるのか知りたくて」
「図太い……」
杜若さんは少し考える素振りを見せて、ゆっくりと首を振る。
「やっぱり、心当たりがないわ。容姿のヒントを含めても学校規模じゃ絞り込めない」
「擬態モブしてるんだね」
「まぁどうせ、物語の都合上いきなり絡んでくる不良ポジションでしょう。使い捨ての人材だわ」
「補習を挟んだせいか切れ味がすごい……」
相変わらず、お約束にキビしい杜若さん。
「……でも、微妙にキャラが濃いから、また出てきてもおかしくない気が」
「しっ、ウワサすると出てくるわよ」
「オバケみたいに言う」
「もし出遭っても『邪魔者の百合キャラはもはやお約束』って噛まずに十回唱えれば、もだえ苦しみながら消えるわ」
「けっこう詠唱難易度の高い呪文だね……」
僕たちの放課後はまだまだ続く。




